ヘイトスピーチの彼方へ

 

言論の自由は守られねばならない。

だから、ヘイトスピーチだって許される。しかしそれは、限りなく醜いし、それによって傷つく人がたくさんいる。人の世は、その醜さと暴力性に耐えられない。耐えられる人間や世の中は異常だ。

ヘイトスピーチが自由であるのなら、ヘイトスピーチなんか許さないと叫ぶのも自由だろう。そういう叫びが存在しない社会は、健全とはいえない。

ヘイトスピーチの醜さと暴力性に支えられている権力なんか異常だ。

それは、社会の分断の象徴になっている。

ヘイトスピーチは、騒々しい。そして執念深く狡猾だ。彼らは、それによって「結束」してゆく。結束するためには、多様で緩やかに「連携」してゆく社会は認めてはならない。彼らは「嫌われ者」だから、そういう関係性を生きることができない。彼らには「ときめく」感受性がない。だから「嫌われ者」になる。そうしてヒステリーを起こし、ヘイトスピーチを吐き出す。「結束」する社会こそ彼らの理想であり、そういう約束された関係性を生きようとする。そこに参加してこないものは徹底的に排除してゆく。排除するためにはヘイトスピーチが必要だし、排除することによって「結束」してゆく。

「日本人」という約束された関係、そこに彼らの生きる場があり、「日本人に生まれてよかった」と合唱している。だから在日外国人を攻撃するし、日本人あることを嘆いたり政府を批判したりする日本人にも「反日」という呪詛を浴びせかける。

人間社会の「結束」は、権力支配によって生まれてくる。「結束」の上に成り立つ集団行動や戦争は、ファシズム国家や宗教団体の得意とするところだ。

あの戦争のときは、「鬼畜米英」や「非国民」というヘイトスピーチが流行った。その愚かさが今、ネトウヨというかたちでよみがえっている。ともあれそれは権力による強制がなければ国民全体に浸透することはないわけで、総理大臣から下層の庶民まで彼らは権力の亡者たちなのだし、現在の政権が続くかぎりこの騒々しさは収まらないのだろう。

彼らには、人としてのあたりまえの感慨や思考を共有してゆく能力はない。彼らは、支配し支配される関係の中でしか生きられない。ヘイトスピーチは、支配し支配される関係の中でしか共有できない。

人間であれ猿であれ、集団は支配し支配される関係の中で「結束」してゆくのだし、原初の人類は、二本の足で立ち上がることによって猿の集団性と決別し、他愛なくときめき合いながら緩やかに「連携・連帯」してゆく集団性を身につけていった。

ヘイトスピーチが生まれてくるということは、この社会の基礎に多様で緩やかに連携・連帯してゆく関係性が生成しているということでもある。いつの時代もどこにでも、人間性の自然としての人と人のときめき合う関係がなくなることはない。

現在は、戦時中のようなヘイトスピーチに同意しなければ権力によって罰せられるということはない。少しずつ、ネトウヨに対する包囲網が生まれつつある。ネトウヨの騒がしさはもう、飽和点に達している。

 

 

日本会議ネトウヨたちを背にした現在の支配者たちは、国民や家族はかくあらねばならないということ徹底的に押し付けようとしてきている。彼らは、支配するにせよされるにせよ、「かくあらねばならない」という「規範」の中でしか生きられない。しかしその支配=被支配の関係性は猿の集団性であり、人類の集団の基礎は、無主・無縁の混沌のままに他愛なくときめき合い助け合いながら緩やかに連携・連帯してゆくことにある。そういう関係性が担保されていれば、家族だろうと国家だろうと、なんとなくの「なりゆき」でなんとかなってゆく。二本の足で立ち上がった原初の人類はともかくそうやって今日までの歴史を歩んできたのであり、そういう関係性=集団性を担保しようとするのはもう、人類の本能のようなものだ。

だから、1945年の敗戦後のこの国の民衆は、大日本帝国憲法による国家神道の呪縛によって人々を「結束」させようとする関係性=集団性をあっさりと捨て去った。そしてそこから、より豊かにときめき合い助け合い連携してゆく関係性=集団性のダイナミズムを生み出し、戦後復興を実現していった。

あのころのこの国は極限まで貧窮していたが、それでもベビーブームが起きた。とすれば、現在の少子化問題は、単純に経済的な理由だけでは語れない。もちろん経済的な困窮はもっとも大きな問題に違いないが、「格差社会」とか右翼主導の「教育制度」等に加えて人と人の関係や集団性が壊れてしまっていることもある。現在の経済システムや右翼政権によってそうした関係性=集団性が壊されてしまっている。その関係性=集団性が豊かに機能していれば、どんなに貧窮しても、子供はどんどん生まれてくる。

子供がどんどん生まれてくるのが、原初以来の人間性の自然なのだ。

何はともあれ、人と人の関係性が壊されてしまっている世の中なのだもの、子供が増えるわけがない。

政府が「人づくり革命」などと言い出したのは、いつごろのことだったろうか。彼らの醜悪な人間観によって、いったいどんな「人づくり」ができるというのか。総理大臣とか日本会議とかネトウヨとか、今どきの右翼の無知で恥知らずで醜悪なだけの「規範」を大きな顔をしてどんどん押し付けてくる政治支配によって、家族も教育も社会もすべて壊されてしまった。この国の伝統である「人と人が他愛なくときめき合い助け合い連携してゆく関係性=集団性」がすっかり壊されてしまった。われわれは、それを彼らから取り戻すことができるだろうか。取り戻すことができるはずだ。われわれが日本人であるかぎり、人間であるかぎり、そういう関係性=集団性がこの世から消えてなくなることはない。

 

 

「他愛なさ」こそ美しく偉大だ。他愛なくてしかも聡明で勇気のあるヒーローが待ち望まれている。他愛ない心は、美しいものに憑依する。美しいものは、この世の外にある。他愛ない心は、この世の外に向かって飛躍してゆく。そうやって人の心の「もう死んでもいい」という勢いが生まれてくる。そうやって、心や命のはたらきが活性化する。人類の歴史は、生き延びようと欲望し計画して生き残ってきたのではない。「もう死んでもいい」という勢いで命や心を活性化させながら生き残ってきたのであり、そんな「他愛なさ」を持ったヒーローが待ち望まれている。

だから、山本太郎、なのですよ。

われわれ民衆は今、山本太郎をヒーローにすることができるか、と試されている。できなければ、この国のひどい状況はますます加速してゆき、右翼が高笑いする。

このひどい状況を切りひらくのは、あの凡庸な左翼たちではない。右翼でも左翼でもないおバカで「他愛ないもの」たちが切りひらくのだ。

僕は、こざかしい右翼も左翼もごめんだ。この世界や他者の輝きに他愛なくときめいてゆくものたちを信じる。問題は単純だ。困っている人に手を差し伸べようとするのか、それとも支配し排除しようとするのか、それだけのことだ。お国のためだか何だか知らないが、あなたたちは、貧乏人から金を搾り取ってよく平気でいられるものだ。消費税をなくしたら国の経済が危うくなる、というような議論もあるらしいが、危うくなったっていいではないか。困っている人を助けることができない国なんか、滅びたっていいのだ。

「滅びてもいい」と覚悟したところから、心も命も経済も活性化する。それはもう、この宇宙の原理なのだ。

たとえば国債を発行し紙幣を刷って低所得者層の底上げをすることが国の経済の自殺行為だというのなら、それは「もう死んでもいい」という覚悟をしなければできないことだろう。だったら、覚悟をすればいいではないか。覚悟をしなければ何もできないし、社会は活性化しない。

この社会に「誰かに手を差し伸べたい」という思いが生成していなければ、この社会は活性化しない。もともと人類は、そうやって歴史を歩んできたのであり、ネアンデルタール人はみんなそう思って生きていたし、縄文人だって同じだ。彼らは、「原始呪術=アニミズム」などというものにすがりながら、生き延びようとあくせくしていたのではない。

 

 

「もう死んでもいい」という勢いで生きることは、人生の最後に死を迎えたときに慌てふためかないでそれを受け入れるための大切なトレーニングでもある。原始人や古代の民衆はみな、そのトレーニングをして生きていた。そして現代社会は、そのトレーニングを怠って動いている。

自分が生き延びることを最優先にして生きている資本家や政治家に「手を差し伸べることをしろ」といっても無駄な話だし、だまされる民衆が悪い、ということもある。

古代の民衆は、権力支配に従順であったが、そうかんたんには騙されなかった。民衆社会は、権力社会から下りてくる支配制度とは別の、民衆だけの自治のシステムや思想=世界観をちゃんと持っていた。だから、権力社会が押し付けてくる仏教に対抗して「神道」をつくっていったし、権力社会も神道と仏教を習合させる策を講じなければならなかった。

村は、村独自の自治のシステムを持っていたし、村と村の連携のシステムも機能していた。

古代の民衆は、現代の民衆よりももっと賢明で、そうかんたんには権力社会に洗脳されなかった。これはまあ世界中どこでもそうで、権力支配のことがよくわからない歴史段階であれば、そうかんたんに洗脳されようがない。

ヨーロッパでなぜ民衆革命が起きたかといえば、権力者と民衆が同じ世界観を持っていたからだろう。だから、容易に権力の座を交代することができる。

しかし古代の日本列島では、権力社会と民衆社会の世界観や集団運営のシステムが違っていた。だから、かんたんに支配されてしまうが、かんたんには洗脳されない。そういう伝統があるから、今でも「無党派層」や「無関心層」の民衆がたくさんいる。で、ひとまず民主主義の社会であるのなら、そうした洗脳されない層を結集させることができれば、政権なんかかんたんに倒すことができるに違いない。

僕も「無党派層・無関心層」のひとりであり、既存の左翼や右翼には大いに違和感がある。

とはいえ現在の状況においては、右翼・保守を名乗る者たちは押しなべて醜悪に見えるし、魅力的な知識人は左翼・リベラルの側の人が多いように思われるのだが、自分としてはこの国の伝統や天皇のことに関心があるのだから、どちらというと右翼かもしれない。だから、元一水会代表の鈴木邦男氏に対しては、そこはかとないシンパシーがないわけではない。

ただ、彼らのように、天皇に対して崇拝するほどの気持ちは僕にはない。天皇に対してだって、ひとりの民衆としてそれなりのシンパシーがあるだけであって、それは崇拝ではない。

日本人としての誇りもとくにない。日本人ではあるのだけれど、日本人や日本という国を外から眺めているような気分のほうが強く、「日本人に生まれてよかった」という気分はさらさらない。僕にとって日本人であることは、僕の運命であって、べつに誇りなんかではない。

 

 

「日本讃歌」とか「生命賛歌」とか「人間賛歌」とか「生活讃歌」とか「家族讃歌」とか、そういうバブリーな思考は趣味じゃない。人恋しくはあっても、人間にうんざりもしている。

「嘆き」や「かなしみ」を抱きすくめてゆくのが、日本列島の文化の伝統の基礎原理になっている。そこから、他愛なくときめいてゆく。無知蒙昧だから他愛ないのではない。赤ん坊が無邪気であるのは、ひといちばい深く切実に「嘆きとかなしみ」を生きている存在だからだ。

猿にこの「他愛なさ」があるか……?ないのですよ。

「他愛なさ」は、「魂の純潔」であり、「魂の純潔に対する遠いあこがれ」である。いずれにせよそれは、「嘆きとかなしみ」の上に成り立っている。

「日本人に生まれてよかった」と合唱している右翼たちの、その充足しきって弛緩してしまっている表情には「嘆きとかなしみ」がなく、「それでも日本人か」と思わせられる。

彼らの、あの気味悪い「うすら笑い」はいったい何なのだ。「腹にいちもつ」とは、まさにあのことだ。

総理大臣をはじめとする今どきの右翼たちのその「うすら笑い」と、山本太郎が街頭演説や国会質問で見せるあの純粋でひたむきな表情と、いったいどちらが人々の共感を得るだろうか。そんなの、問うまでもないことだ。

今回山本太郎が『れいわ新選組』という旗を立ち上げたことによって彼は、与党からも野党からも攻撃されて四面楚歌に陥っている。野党の面々からすれば「野党共闘に水を差す」ということだろうが、山本太郎にすれば「野党の経済政策も気に入らない」と思っているのだからしょうがない。孤立無援を恐れない、というその心意気を、おそらく多くの民衆が拍手しているのだろうし、そうやってお祭り騒ぎが盛り上がるなら、それがいちばんなのだ。「お祭り騒ぎ」こそ、この国の伝統なのだ。

山本太郎はべつに、野党共闘の足を引っ張ろうとしているのではない。有権者の四割以上、いるという、選挙に行かない「無党派層・無関心層」にその心意気を訴えているだけだろう。だから、僕のようなノンポリのミーハーも注目するようになった。

もう野党共闘なんかどうでもいい。とにかくお祭り騒ぎになって投票率が上がり、それで結果がどうなるかということを僕は見てみたい。

選挙に行かない「無党派層・無関心層」が主役になることこそ、日本列島の民衆社会の伝統なのだ。古代から祭りの賑わいの主役はいつだって、共同体の外の存在すなわちマイノリティである乞食や旅芸人や旅の僧だった。まあ、そのようなこと。彼らはマイノリティではあったが、権力社会に対するカウンターカルチャーを民衆と共有していたというか、そこにおいて民衆をリードする存在だった。

古代以来の民衆社会の歴史は、日常のいとなみではなく、非日常の「祭り」を基礎にして流れてきた。彼らにとって飯を食ったり働いたりする日常は仮のいとなみであり、そこから超出してゆく非日常の「祭り」こそが生きてあることを実感する節目節目になってきた。日本人の生は、非日常の「祭り」の上に成り立っている。それが、伝統としての「色ごとの文化」なのだ。

人々に「心の華やぎ」をもたらすのは、食うことや働くことではない。心を非日常の世界にいざなってくれる「天皇」や神社の「巫女」や「旅芸人」や「旅の僧」や「乞食」等のいわば「無用者」こそが、民衆社会の歴史をリードしてきた。

山本太郎だって出自は「芸能の民」という「無用者」であり、古代以来そういう非日常的な存在こそが民衆社会のリーダーだったのであれば、彼にはその資格があるし、民衆の心を動かすその能力と魅力がある。

あと二か月、どこまで盛り上がるだろう。

 

 

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キンドル」から電子書籍を出版しました。

『試論・ネアンデルタール人はほんとうに滅んだのか』

初音ミクの日本文化論』

それぞれ上巻・下巻と前編・後編の計4冊で、一冊の分量が原稿用紙250枚から300枚くらいです。

このブログで書いたものをかなり大幅に加筆修正した結果、倍くらいの量になってしまいました。

『試論・ネアンデルタール人はほんとうに滅んだのか』は、直立二足歩行の起源から人類拡散そしてネアンデルタール人の登場までの歴史を通して現在的な「人間とは何か」という問題について考えたもので、このモチーフならまだまだ書きたいことはたくさんあるのだけれど、いちおう基礎的なことだけは提出できたかなと思っています。

初音ミクの日本文化論』は、現在の「かわいい」の文化のルーツとしての日本文化の伝統について考えてみました。

値段は、

『試論・ネアンデルタール人はほんとうに滅んだのか』上巻……99円

『試論・ネアンデルタール人はほんとうに滅んだのか』下巻……250円

初音ミクの日本文化論』前編……250円

初音ミクの日本文化論』後編……250円

です。

神は、女の性器に宿っている

 

吉野裕子の『日本古代呪術(講談社学術文庫)』は、興味深い読み物だった。日本列島の古代呪術は「女陰信仰」の上に成り立っている、という。それは、僕が考えている「色ごとの文化」の伝統とも通底していることで、なるほどとうなずけることも多かった。

ただ、ちょっと違和感が残るのは、そうした古代呪術がもともと日本列島に存在していた「原始呪術」と中国伝来の「陰陽道」という呪術が「習合」してつくられていった、という基本的な問題設定に対してだった。

陰陽道の影響を受けているのは確かなことだし、「女陰信仰」に上に成り立っているのもきっとそうだろうと思う。だが、なぜそれ以前に「原始呪術」が存在していたと決めつけるのか、そこのところがどうしても納得できない。

古代および古代以前の民衆にとっての「女陰信仰」は、あくまで純粋な「あこがれ」だったのであって、「呪術」ではなかった。

彼女は、原始呪術を説明するのに、沖縄に残るそれを引き合いに出している。これは、現在のこの国の知識人による常套手段である。吉本隆明折口信夫梅原猛、みんなそうだ。しかし沖縄は、地理的な条件からいっても日本列島本土よりもずっと早くから中国大陸との交渉があったのだから、沖縄に残る古い呪術が中国大陸と無縁だったとはいえない。

つまり、本土よりも沖縄のほうが先に中国伝来の「呪術」の洗礼を受けているのだ。そしてそれは、沖縄のほうが早くから「共同体(あるいは国家)」という意識に目覚めたということであり、本土においてはより遅れたまま、いまだにいまだにその意識が希薄で、政治における「無党派層」や「無関心層」がたくさんいる状況のままでいる。そうやっていまだに「女陰信仰=色ごとの文化」が色濃く残っているから、たとえばフーゾク産業で「裸で抱き合っても最後の一線を超えるのはだめだ」などという奇妙な営業システムが成り立っている。また「日本のエロビデオは世界でもっともレベルが高い」などといわれたりするのは、女の喘ぎ方のニュアンスがとても豊かだということにあるらしいのだが、これなどはまさしく「色ごとの文化」の伝統だろう。そうして「女陰信仰」の文化だから、女陰のことを「観音様」と呼んだり、江戸の吉原や京都の島原の花魁が女神のように祀り上げられたりしてきたのだろうし、もともと女の貞操観念が薄い土地柄で今どきは人妻不倫が流行ったりするのも、けっきょく「女陰信仰」の社会だから許されていることにちがいない。キリスト教社会でこんなことは、神も男も許さない。

すなわち「女陰信仰」は、非宗教で非呪術なのだ。

 

 

もともと「呪術」などというものは文明国家から生まれてきたものであり、国家が存在する以前の原始社会に「呪術」が存在していたという考古学の証拠などなど何もない、縄文時代火焔土器土偶が呪術の道具だったということなど、呪術があったという前提の上で学者たちが勝手にそう決めつけているだけであり、僕はそうは考えない。それは、純粋に人の心の「芸術的な衝動」から生み出されてきたものではないのか。「人情の機微」の問題だ、と言い換えてもよい。人としての純粋に造形的な感覚の問題ではないだろうか。

「神は妄想である」とういう本を書いたリチャード・ドーキンスによれば、ポリネシア諸島の人々は「カーゴカルト・ジョン」などといって大航海時代にやってきた西洋人に教えられて初めて「宗教=呪術」に目覚めたらしい。彼らは呪術思想を受け入れることができる思考様式をすでに持っていたが、呪術思想を持っていたわけではない。たとえ両者の思考様式に共通項があったとしても、両者のあいだには越えがたい天と地ほどの隔たりがある。われわれ無宗教のものだってかんたんに「神」という言葉を使いイメージしているが、いざ何かの宗教に入信するときには、越えがたい川を超えてゆく心の飛躍を必要とする。そのようなことだ。

人の心(=思考)は越えがたい川を超えてゆくことができるが、それは何も「宗教=呪術」だけの特権ではなく、学問であれ芸術であれセックスであれときめきであれ憎しみであれかなしみであれ、人の心そのものが「越えがたい川を超えてゆく」はたらきであるともいえる。

まあ、「越えがたい川」を超えて「意識」が発生するのだ。

原始時代に「宗教=呪術」があったと安直に決めつけてしまうべきではない。宗教と非宗教のあいだには、越えがたい川が横たわっている。人類史における「宗教=呪術」は、文明国家から生まれてきた。

 

 

この本の著者である吉野氏は「日本列島土着の原始呪術が陰陽道と習合した」というが、おそらくそうではない。この国の古代以前に「原始呪術」などというものはなかったのだ。もしあったら、陰陽道なんか拒否する。「宗教=呪術」というのは、もともとそういうものだ。「習合」したら霊験がなくなってしまうではないか。そうやって人類は、長い長い「宗教戦争」の歴史を繰り返してきたのであり、今でもそうだ。習合なんかできるはずがない。それでも習合したように見えるのは、陰陽道をもとにして古代の呪術が生まれてきただけのことだからだろう。それは沖縄においても同じであり、古代人がもともと持っていた世界観や生命観に合わせて陰陽道を取り入れていったのだ。そのとき陰陽道は世界最先端の世界観や生命観を説明する学問だったのであり、人々がそれを学び取り入れていったのは自然ななりゆきだったのだろうが、自分たちがもともと抱いている世界観や生命観を変更するわけにはいかなかったために、何とか工夫して折り合いをつけていった。

吉野氏は、古代以前から沖縄も含めた日本列島にあったのは「女陰信仰」だった、という。それが「信仰」であったのかどうかはともかく、古代以前の日本列島ですでに生成していたのは「色ごとの文化」だったのであり、女が中心の世界観や生命観だったのだから、その意味ではきっとそうだったのだろう。

雛祭りの「菱餅」は「女陰」をかたどっているのだとか。なるほど、と思う。神社にある「みてぐら」という「神の座」をあらわす石や岩も「女陰」の象徴である、と吉野氏はいう。きっとそうに違いない。ただ吉野氏はそれを「生命の誕生と再生」の象徴だというのだが、古代以前の世界観や生命観の本質はそんな宗教的呪術的なことではなく、「色ごとの文化」が基礎になっているだけのことだろう。彼らにとっては、「命」がどうのこうのという以前に、心が豊かにときめくとか世界が輝いているということをよりどころにして生きていただけであり、それを基礎にして世界の神羅万象を解釈していたのだ。

命がどうのという理屈は生き延びることにあくせくしている文明人の関心事であって、「もう死んでもいい」という勢いで生きていた原始人においては「死後の世界」も「生まれ変わり」も意識になかった。そんなことは、陰陽道と出会ってはじめて知ったのだ。

 

 

原始神道の「死んだら何もない黄泉の国に行く」という生命観は、「死後の世界などない」といっているのと同じなのだ。古代以前の日本列島の住民はそう考えていたのであり、そんな彼らがどうして「生まれ変わり」など発想できよう。彼らにとっては、その「ない」というそのことが救いで心ときめく大きな関心事だったのであり、その「消えてゆく」ことのエクスタシーこそ「色ごとの文化」の本質なのだ。

そして「死後の世界などない」ということは、仏教や陰陽道が入ってくる前のこの国には「霊魂」という概念がなかったことを意味している。そうして仏教や陰陽道によって「霊魂」という概念を知った彼らは、それと自分たちのもともとの世界観とどう折り合いをつけるかと考えながら「黄泉の国」という概念を生み出していった。彼らの思考においては、「かみ」も「仏」も「死後の世界」も「霊魂」も、「ない=非存在」というかたちで肯定され認識されていった。つまり彼らは、今どきの歴史家よりもずっと高度で哲学的な思考をしていた、ということだ。

日本列島の古代以前の人々は、吉野氏のいうような「生命の再生」などという俗っぽいことを考えていたのではないし、そんなところに日本的な「女陰信仰」の本質があるのではない。そんな現代的文明的な尺度で彼らの心を推量するべきではない。彼らの思考は、もっとプリミティブであると同時に、もっと高度に哲学的だった。

吉野氏は「祭り」と「呪術」を同列に考えてしまっている。そこに、彼女の思考の限界がある。原始的な神道はたんなる「祭り」の習俗だったのであって、「呪術」の要素などなかった。ただもう一方的に「かみ」という「神羅万象の輝き=本質」を祝福し祀り上げていただけであって、それによって何かを得ようというような目的はなかった。「祝詞」というのはもともとそのような性格のものであり、「五穀豊穣」とか「家内安全」とか「厄除け」とか「悪霊退散」とか、そんな「祈願=呪術」は陰陽道の影響としてはじまったことに過ぎない。

たとえば、「言挙げしない」というのは古代人の生活上のひとつのたしなみで、それは万葉集にも書かれてあるのだが、「言挙げ」とは「呪術=祈願」のことだ。万葉集のころにはすでに仏教や陰陽道の影響で「呪術」が広まり始めていたのだが、それでも神道の基本的なコンセプトは「呪術=祈願なんかしない」ということにあった。これは、古代以前に呪術がなかったことの大きな状況証拠である。

上代から古代にかけての最初の神道は、仏教や陰陽道に対するカウンターカルチャーのたんなる「祭りの習俗」として生まれてきたのであり、その後に仏教や陰陽道と習合しながら呪術の要素も加えていった。最初の原始神道においては、「かみ」を祝福しても、「かみ」から何かをしてもらおうというような願いなどなかった。

まあ、呪術の要素を持たなければ、もともとフリーセックスが主たるコンセプトであるお祭り騒ぎはお上からの許しが得られなかったし、やがては「悪霊退散」という汚れ仕事は民衆の神道が一手に引き受けるようになっていった。

「鎮守の森」の「鎮守」とは、「霊鎮(たましず)め=悪霊退散」ということ。そして「天神さま」といえば菅原道真の怨霊を鎮めるための神社だが、民衆はその怨霊までも祝福していった。ただもう他愛なくときめいてゆくのがほんらいの神道であり、呪術もくそもあるものか。

 

 

たしかに古代の呪術や習俗は陰陽道の影響を色濃く受けているのだろうが、吉野氏のいう「女陰信仰」は日本列島独自のものであり、呪術とは別の呪術以前のものとして語られねばならない。この本ではほとんどの記述が陰陽道の影響のことに当てられているのだが、そうではなく「女陰信仰」だけを取り出して語ってほしかった。その「女陰」を古代人は「生命の誕生と再生(=生まれ変わり)の象徴」として考えていたと決めつけられると、ちょっとがっかりしてしまう。「生命」という概念と結びつけると何か高尚な学問的思考のようだが、じつはそれこそが通俗的な思考なのだ。

「女陰」とは「おまんこ」であり、あくまで「セックス=色ごと」の象徴なのだ。そしてその「消えてゆく」ことのエクスタシーこそが日本的な世界観や生命観や美意識の基礎=伝統になっているのであり、そこにこそ人類のもっと深く高度な思想的哲学的な問題が潜んでいる。

「生命」という概念を生き延びたいという現代の文明的な欲望で考えると、ひとまず「誕生と再生」という問題設定になる。しかし「いつ死んでもいい」という覚悟で生きていた古代人や原始人にとっては、「消えてゆく」ことのエクスタシーにこそ命のはたらきの本質があった。

存在と非存在……生き延びようとする欲望が旺盛な現代人が考える命のはたらきは、「存在」に向かうこと、すなわち「存在」を生産し獲得し所有してゆくことにある。しかしわれわれの「今ここ」においては「すでに存在している」のであり、「いつ死んでもいい」と思って生きていた古代人や原始人は、生産し獲得し所有してゆく未来のことなどどうでもよかった。だから彼らにとっての命のはたらきは命を消費することであり「生ききる」ことにあった。すなわち「非存在」に向かって「消えてゆく」こと。彼らにとって「生きる」ことは、「生産」ではなく「消費」だった。

頭の中を文明社会の生産主義に毒された人間が、命とは「誕生と再生(生まれ変わり)」だという陳腐で観念的な問題の立て方をしてしまう。この国の古代や原始時代の民衆は、そんな宗教的妄想で生きていたのではない。ひたすら「今ここ」を「生ききる」ことを願い、そうやって「今ここ」の世界や他者の輝きとの「出会い」にときめいたり「別れ」にかなしんだりしてゆくことの上に彼らの世界観や生命観があった。

彼らにとって赤ん坊が生まれてくることは、「誕生=生産」ではない。そんな今風のもっともらしい観念的屁理屈なんかどうでもよろしい。それはもう、純粋に「出会いのときめき」の体験だったのであり、それ以上でも以下でも以外でもなかった。

セックスをして男の精子を女の体の中に注入すれば月満ちて子供が生まれてくる……というくらいのことは彼らだって知っていたに違いないが、その仕組みを操作し支配しようとする発想などなかったし、操作し支配している何ものかがいるとも思わなかった。ただもう赤ん坊が生まれてきたという事実にときめき祝福していっただけだ。そうやって世界の輝きにときめき祝福してゆく集団行事として「祭り」があったのであって、もともとそれは「呪術」でもなんでもなかった。

彼らは、世界の神羅万象のしくみを知ろうと思ったが、それを支配しようとは思わなかった。そんな人たちのすることを、どうして「呪術」というような手垢にまみれた言葉=概念で語らねばならないのか。

 

 

この記事を書きはじめたときは、吉野氏のこの著作をけなすつもりなどなかったのだけれど、書きながらなんだかだんだん腹が立ってきた。

世の歴史家の、安直に「原始宗教」や「原始呪術」があったと決めつけているその思考が気に入らない。

もともとたんなる祭りの習俗にすぎなかった原始神道が古代の仏教や陰陽道と「習合」しながら「呪術」的な性格を帯びていったことはたしかだろう。しかしそれでも、もともと「呪術」ではなかったのだから、その本質はあくまで「祭り」の習俗だったのであり「色ごと」の文化だったのだ。

日本列島の文化の伝統は、「出会いのときめき」と「別れのかなしみ」にある。古代および古代以前の民衆は、そのことを基礎にしてこの世界の神羅万象を解釈していったのであって、それを操作・支配してゆこうとしたのではない。彼らがそうした「呪術」を中心にして生きていたのなら、いかにもこの国らしい「なりゆきの自然に身をまかせる」という文化など生まれてくるはずがないではないか。

また、なりゆきに身をまかせる文化だから、「出会いのときめき」が豊かになるし、「別れのかなしみ」も深くなる。彼らは、神道の祭りを「出会いのときめき」の場とし、仏教には「別れのかなしみ」を仮託していった。そうやって神仏習合してゆき、神道で結婚をし、仏教で葬式をする、という習俗になってきた。それは、もともと「呪術」の伝統がない風土だったことを意味している。言挙げすなわち願い事などしないで「今ここ」のなりゆきに身をまかせる文化なのだ。

ひとまず形だけ「神だのみ」をしても、それでなんとかなるとは思っていない。神に「たのむ」のではなく、神に「おまかせする」文化であり、そういう「なりゆき」の文化なのだ。それが民衆社会の伝統であり、この違いを踏まえて歴史を考えるなら、そうそう安直に「原始宗教」とか「原始呪術」とか「アニミズム」などという言葉は使えないのだ。

 

 

もちろん、たとえば高松塚古墳の壁画には陰陽道そのものの世界観が描かれているわけだが、それは古代の権力社会が中国文化をまねてそうしただけのことであって、民衆社会にもそうした世界観や生命観が浸透していたとはいえない。

民衆社会は、陰陽道に影響されつつも、つねに原始神道の「色ごとの文化=祝福の文化」を守ってきた。

陰陽道には、方位をはじめとするさまざまな決まりごと(呪術)がある。しかし民衆はそれを基本的には「祝福の作法」というか「生活のたしなみ」に変えてきたのであって、願いがかなうかかなわないかは「なりゆき」しだいだという思いで歴史を歩んできた。だから、かなわなくても神社に行けばあたりまえのようにしておみくじを引く。それは、「祝福の作法」なのだ。神社というめでたい空間に立っていることの浮き立つ気分というか、つまりそうやって「かみ」を祝福する行為としておみくじを引いたり賽銭を投げ入れたりしている。

民衆の祭りの作法に陰陽道の影響があるからといって、いったいそれが何なのだ。べつに陰陽道を心の底から信じているわけではないし、そんなところに民衆の祭りの本質があるのではない。権力社会はともかくとして、民衆の「祭り」の本質は「呪術」にあるのではなく、どこからともなく集まってきた人々が世界や他者の輝きを祝福しつつ無主・無縁の混沌のままに他愛なくときめき合ってゆく、その「賑わい」にある。

古代および古代以前の民衆の暮らしの基礎になっていたのは、純粋な「祭りの賑わい」すなわち世界や他者の輝きに対する「ときめき」だったのであって、世界や他者を支配するための「呪術」だったのではない。そしてそれはもう、日本列島の民衆社会の伝統として現代人の心にも受け継がれている。

だから現在の「無党派層」や「無関心層」を投票所に連れてくるためには、「ときめき=感動」が組織できなければならない。民衆社会のエネルギーは、そこにこそ宿っている。

まあ「正義・正論」なんてただの「呪術」であり、そんなものでは無党派層や無関心層は動かない。

 

 

古代人や原始人が迷信深かっただなんて、何をとんちんかんなことをいっているのだろう。いちばん迷信深いのは、現代人なのだ。

原始社会に「都市伝説」はあったか?あったはずがないだろう。

原始社会に「正義・正論」という名の「法=呪術」で人を裁く制度があったか?あったはずがないだろう。

「呪術」などというものは文明社会が生み出したのであり、現在の政治経済はすべて「呪術」で動いているではないか。

お金=貨幣は、現代社会のもっとも重要な「呪術」のアイコンのひとつだろう。ただの紙切れ(あるいは数字)に「霊力」を吹き付けて食い物や自動車や家と交換できるものにしてしまう。

現代人こそ「呪術」に縛られて生きている。

ヘイトスピーチ……すなわち呪いの言葉。この言葉を吐く者こそが、真っ先にその呪いに縛られている。現在の政治経済の支配層は、そういう者たちの巣窟になっているらしい。

しかし「呪術」は、本質的には日本列島の民衆社会の伝統ではないのであり、観念的には呪術を受け入れつつ、歴史の無意識においてはそれを拒否している。「もう死んでもいい」という勢いで「なりゆきに身をまかせつつ、他愛なくときめき合い助け合ってゆく。

民衆社会の世界観においては、森羅万象はただもう「なりゆき」で動いているだけであり、その動きの法則を知りたがっても、その動きを支配している存在など信じていない。その動きの法則を知りたいからひとまず「陰陽道」を受け入れてきたが、少なくとも民衆社会においてはそれが「呪術」のレベルにはなり切れていない。たとえば、神社の祭祀で「悪霊を鎮める」といっても、悪霊を祝福し祀り上げるのがその作法の伝統になってきたわけで、はたしてそれは「呪術」といえるのだろうか。かたちだけは呪術のような体裁になっていても、内実は呪術ではない。

何しろ「言挙げしない」のが伝統の国柄なのだ。願うことはしても、願いがかなうかどうかは「なりゆき」しだいなのだ。「なる=なりゆき」の文化……「いい社会なろう」と思っても、「いい社会をつくろう」とは思わない。このへんのニュアンスは微妙だが、まあ、だから革命が起きない。

 

 

民衆社会の歴史・伝統においては、「非呪術」の文化が基礎になっている。「呪いや憎しみ」ではなく、「ときめきとかなしみ」の文化なのだ。つまり、権力社会は「呪いや憎しみ」で動いており、民衆社会は「ときめきとかなしみ」で動いている。

「呪いや憎しみ」で生きている人間が成功できるような社会のしくみがあるし、成功できない民衆のくせに「ときめきとかなしみ」で動いている民衆社会に参加できない「嫌われ者」もまた権力社会にすり寄ってゆく。彼らは、ヘイトスピーチという「呪術」でしか生きるすべはない。

原始時代に「呪術」などなかったし、古代においても、それをまるごと信じていたのは権力社会だけで、民衆社会は表面的に影響されても無意識の部分は無垢のままだった。

世の歴史家は、どうしてあんなにも無造作に「呪術」という言葉を使うのだろうか。民衆社会においては、原始時代であれ現代であれ、「呪術」は「けがれ」なのだ。そしてその「けがれ」をそそぐための「みそぎ」の作法として、古代の「神道」が生まれてきた。

人類の歴史のはじめに「呪術」はなかったし、究極の未来にもそれはない。このことが何を意味するかというと、文明社会が「呪術=宗教」から逃れられないかぎり、その「けがれ」をそそぐための「みそぎ」の作法をつねに必要としている、ということだ。

栄枯盛衰とは、社会における「けがれ」と「みそぎ」の反復である。われわれは今、思い切り「呪術的」になってしまったこのうんざりする社会状況の「みそぎ」を必要としているし、そういう動きはささやかかもしれないがたしかに起こりつつある。

死を間近にしている老人である僕としては、生きているうちに、あの執念深く狡猾な右翼たちが慌てふためきながら自滅してゆく姿を見てみたいものだと思っている。

 

 

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キンドル」から電子書籍を出版しました。

『試論・ネアンデルタール人はほんとうに滅んだのか』

初音ミクの日本文化論』

それぞれ上巻・下巻と前編・後編の計4冊で、一冊の分量が原稿用紙250枚から300枚くらいです。

このブログで書いたものをかなり大幅に加筆修正した結果、倍くらいの量になってしまいました。

『試論・ネアンデルタール人はほんとうに滅んだのか』は、直立二足歩行の起源から人類拡散そしてネアンデルタール人の登場までの歴史を通して現在的な「人間とは何か」という問題について考えたもので、このモチーフならまだまだ書きたいことはたくさんあるのだけれど、いちおう基礎的なことだけは提出できたかなと思っています。

初音ミクの日本文化論』は、現在の「かわいい」の文化のルーツとしての日本文化の伝統について考えてみました。

値段は、

『試論・ネアンデルタール人はほんとうに滅んだのか』上巻……99円

『試論・ネアンデルタール人はほんとうに滅んだのか』下巻……250円

初音ミクの日本文化論』前編……250円

初音ミクの日本文化論』後編……250円

です。

バブリーな思考と民主主義

 

ひと昔前は5月のことをよく「行楽のシーズン」といった。気候はいいし、連休はあるし、ともあれ行楽地としては、どちらかというと暑苦しい海よりもさわやかな風が吹く北海道や信州に人気があった。

が、それもバブルの時代までのことで、バブル崩壊とともに北海道の巨大リゾートホテルの倒産のことがその象徴的な出来事として大きな話題になった。

信州の清里といえばもともとただのさびしい小さい村だったのに,バブルのころにはなんだか西洋のおとぎの国というかドイツのロマンチック街道のような雰囲気の建物を並べて一大観光地のようになっていた。しかし今やもう、見る影もなく、もとの限界集落になってしまっているらしい。いかにもバブリーなあだ花だった。おそらく東京の企業やマスコミが寄ってたかってそういう場所に仕立てていったのだろう。

ともあれ今年も多くの観光地が賑わうのだろうが、やっぱり歴史を持っている場所は人気が安定している。

奇をてらったようなことをしても、すぐにメッキがはがれる。現在の政治や経済の権力者たちは、実質のともなわない空騒ぎに民衆を巻き込んで支配してしまう、ということを常套手段にしている。メッキがはがれても、しれっとしてすぐ次の手を打ってくる。そういう反復によって民衆をますます愚かにしてゆけば、ますます支配はしやすくなる。もしかしたらそれは、明治維新から敗戦までの社会システムと本質的にはそう変わりないのかもしれない。

おそらくそこには、日本人の民族性というような問題でもあるのだろう。おっちょこちょいな民族なのだ。ときにはそれが果敢な「進取の精神」にもなる一方で、あっけなく権力者に支配されてしまう歴史にもなってきた。

 

 

ともあれ太平洋戦争の敗戦は、明治以来のメッキがはがれた体験だったのだろうか。この国のバブリーな思考は、明治維新のときからすでに始まっていたのだろうか。

いったん身に付いたバブリーな思考は、そうかんたんには捨てられない。国のかたちもそうだが、個人の人生においても死ぬまで成功体験の記憶にしがみついて生きてゆく人は多い。バブルを体験した世代、すなわち現在の50歳以上の世代がすべていなくなったら、少しはましな世の中になるのだろうか。

現在のこの国は、老人や貧乏人などの多くの弱者を切り捨てながら、あの手この手でバブリーな動きを続けようとしているらしい。

表面的にはひとまずバブリーな動きはあるとしても、ほんとに人の世として活性化しているのだろうか。富裕層はたくさんいてわが世の春を謳歌し、そこにあこがれている人も少なからずいるのかもしれないが、明日食う米もないという人や生ける屍のようになってしまっている老人もどんどん増えてきていて、しかも政治はそこに手を差し伸べようとしないし、資本家は知らんぷりをするどころかさらにそこからも搾り取ろうとしている。

バブリーに生きるのが価値で、バブリーに生きている人間が大手を振ってのさばっている。

政治家は「国民を豊かにするのが私の仕事だ」といけしゃあしゃあという。そんな理屈が通じたのはバブル時代のことで、現在の政治家のなすべき喫緊の仕事は、「困っている人に手を差し伸べる」ということだろう。そんなことをしたら景気が冷え込むとかというのだけれど、困っている人が助かるのなら、冷え込んだっていいではないか。

今どきは、緊縮財政とやらで、維持にお金のかかる国の財産はどんどん民間に売り飛ばしている。そうなったらお金のない人はますますサービスを受けられなくなるのだが、そんなことは知ったことではない。彼らのいう「国民を豊かにする」とはつまり、豊かになれる人間だけが大事で、豊かになれなれない人間なんか粗大ごみと一緒でどうでもいい、ということだ。新自由主義、そんなことは自分でなんとかしろ、という。そうやって人と人の関係がどんどん壊れてしまっている。彼らには、豊かになれない人間に対する愛がない。「悲劇」に対する感受性がない。「悲劇」を意図し無感受性がなくて、どうして人間といえるだろうか、日本列島の伝統を大事にしているといえるだろうか。「あはれ。はかなし」や「わび・さび」の美意識とは、「悲劇」をいとおしみ抱きすくめてゆく感受性のことだ。

バブルのときのように国の財政を安定化させ豊かにすることがそんなに大事か?富裕層の既得権益の維持安定のために、貧しい者たちからどんどん搾り取る。富裕層はどんどん資産を増やし、最貧層はますます貯蓄ができなくなってゆく。

 

 

「家貧しうして孝子あらわる」ではないが、国民のだれもが貧しかった終戦直後は、それなりに人と人のときめき合い助け合う関係が機能していたし、豊かな娯楽文化も花開いていった。今どきは「少子化」とか「人口減少」などというが、あのころは貧しくてもどんどん結婚しセックスしまくっていたから、どんどん人口が増えていった。

いろんな少子化対策があるのだろうが、とにかく人と人の関係が健全に機能している社会でなければ、何も始まらない。あんまり正義ぶった顔はするな。正義ぶることこそが、人と人の関係を分断してしまう。

誰もが他愛なくときめき合うことができる社会こそ、人類史の原点であり、究極の理想なのだ。

孔子が「家貧しうして……」というときの「孝子」とは、「親孝行する子」という意味ではない。一般的にはそのように解釈されているが、そうではない。「孝」とは、親子であれ何であれ、「人間のプリミティブな情愛・心映え」のことをいうわけで、「孝子」とは、親が思い切り愛情を注ぐことのできる子のことであり、深く親を慕っている子のことであり、つまり、ほんものの人としての情愛は貧しい家ではぐくまれている場合が多い、ということだろうか。

まあ、親とってかわいくてしょうがない子を「孝子」というのだし、無条件い親を慕っている子を「孝子」という。親孝行がどうのというような話ではない。「ばかな子ほどかわいい」ということわざもあるが、この場合の「ばかな子」だってまぎれもなく「孝子」であり、とにかく孔子は「人としての情愛が豊かに生成している家」のことを語りたかったのだ。

今どきは出世することが親孝行であり、それを「孝子」といったりしているわけだが、論語はべつに出世することの素晴らしさというような、そんなバブリーな思想を説いているのではない。

孔子の時代なんか、貧しい家の子は貧しいまま一生を終えるのが当たり前だったのだし、貧しい家からは人としての情愛の豊かな人間が育ってくる場合が多い、といっているだけなのだ。孔子は、「立身出世」を説いたのではなく、「人としての情愛」すなわち「人情の機微」を説く達人だったのであり、そこにおいて普遍的な評価を確立しているのだ。

「家貧しうして」ということは、バブリーなことを考えていたら孝子なんかあらわれてこない、といっているのと同じだろう。まあ心というか感受性が豊かであれば、「孝子」にちがいない。そうやって君主と家臣であれ、君主と民であれ、親と子であれ、「人情の通い合う関係」を説いているのであり、それゆえにこそ長く読まれ続けてきたわけで、それが人の世の基礎であり究極のかたちだからだ。

現在のこの国の人々は、「人情の通い合う関係」になっているだろうか。通い合っているところもあれば、通い合っていないところもあり、ぶんだんしゃかいというなら、全体としては通い合っている状況になっていない、ということだろうか。

「人情が通い合う」とは、どういうことだろうか。おたがいに相手のことが好きでも、人情が通い合っているかどうかはわからない。好きになるなんて、かんたんなことだ。自分の得になるなら、好きでいられる。自己愛として相手を好きになる、という関係がある。

「人情が通い合う」ことは、あんがいかんたんではない。何かを飛び越えてゆく「心意気」が必要になる。つまり「感受性」が欠落していたら、そんな関係にはなれない。

現在のこの国は、そういう「感受性」が豊かに育つような仕組みになっていない。

こんな不景気な時代になっても、われわれはまだバブリーな思考から抜け出せないでいる。状況的には貧しいのに、「孝子」があらわれにくい。物理的な状況は貧しくても、精神的な状況がバブル時代からあまり変わっていない。

 

 

日本人は状況に流されやすい……それはまあ、そうかもしれない。しかしだからこそ、知性や感性が豊かな「孝子=ヒーロー」があちこちからあらわれてくれば、精神的な状況も変わってくる。

けっきょく、日本列島の伝統的な精神風土とは何か、という問題だろうか。日本人は、バブリーなことを考えたがる民族だろうか。

バブリーな思考とは、ようするに「死んだら天国(あるいは極楽浄土)に行く」という思考であり、それに対してこの国の神道では「死んだら何もない真っ暗闇の黄泉の国に行く」と考えられてきた。それは、みごとにバブリーではない。日本人が思い描く死の世界に何の価値もないのに、それでもほかの国以上に死に対して親密なところがある。その「何もない」というそのことに引き寄せられているのであり、それはまさしく「家貧しうして」の世界観であり生命観である。

「あはれ・はかなし」「わび・さび」の美意識・世界観は、バブリーな思考とは対極にある。

「生命賛歌」というバブリーな思考は、日本列島の伝統にそぐわない。生きてあることに価値を置く文化ではない。「あはれ・はかなし」や「わび・さび」は、生きてあることの「嘆き=かなしみ」から生まれてくる。そうやって「悲劇」をいとおしみ抱きすくめてゆく。

天皇が「現人神」であるとか「大元帥閣下」であるとか「国の家長」であるとかという思考はきわめてバブリーな思考であり、もともとは政治なんかとは無縁「内裏(だいり)」の奥に隠れているのが存在だった。ほんらいの天皇は、けっしてバブリーな存在ではない。天皇は「美しい」存在であるが、「偉大」な存在であるのではない。

日本列島の「色ごとの文化」は、「ない」に向かって「消えてゆく」ことの醍醐味(エクスタシー)の上に成り立っている。そうやってもともと自意識を消してゆく文化であるがゆえにすっかりバブルの色に染められてしまったが、それゆえにこそ、何かのはずみであっさり忘れてしまう可能性もある。

 

 

この国に「神の教え」などないのであり、神道の「かみ」は、教えを持たない。「教え=規範=戒律」を持たない宗教などないのであり、ほんらいの原始的な神道は、宗教とはいえない。すなわち、無原則の文化なのだ。原則を持たないことが原則の文化なのだ。だから、大日本帝国教育勅語にも、バブル思考にも、新自由主義グローバル資本主義にも、あっさり染められてしまう。しかしだからといってそれらが日本列島伝統の思考様式だというわけではない。どんな価値観もひとまず受け入れるというのが伝統であるのだが、それはどんな価値も信じていないのと同じであり、何でもかんでも受け入れつつ、何でもかんでもアレンジ・デフォルメしていってしまう。

価値なんか信じない。価値を壊したり捨てたりしてゆくことにカタルシスがある。そのカタルシスを体験するために、ひとまず価値を受け入れる。価値がいらないというのではない。価値が「消えてゆく」その「過程」にカタルシスがある。「消えてゆく」ためには、まず「存在」しなければならない。

その「消えてゆく過程」を、「あはれ・はかなし」とか「わび・さび」という。

敗戦直後には、大日本帝国主義の価値観が消えてゆくカタルシスがあった。バブル崩壊のときにもそれはあったし、阪神淡路大震災のときや東日本大震災のときにもあったし、そういうときにこそ人々の心は高揚し、ときめき合い助け合ってゆく。

孔子が「家貧しうして孝子あらわる」といったのも、まあそういうことなのだ。

したがってこれは、日本列島の伝統であると同時に、人類普遍のカタルシスのかたちでもある。

 

 

現在のこの国の状況であるこの鬱陶しいグローバル資本主義や右翼ヘイト騒動は、いつ崩壊してゆくのだろうか。

グローバル資本主義の世の中であっても、われわれのふだんの暮らしにおいては、そんなシステムが無意味であるかのようなかたちでときめき合ったり助け合ったりということをしている。なぜならそこにこそこの生のカタルシスがあるわけで、人々が嫌だと思ってそういう暮らしをしていれば、そのシステムはいずれきっと崩壊してゆく。

それを崩壊させるのは、人間性の自然なのだ。

あなたは人間性の自然を信じることができるか?

原初の人類が二本の足で立ち上がったとき、ひとりのボスの統治支配のもとに集団として結束してゆくという生態を失い、ボスのいない混沌のなりゆきのままにときめき合い助け合い連携してゆくという生態の集団になっていった。そのとき二本の足で立つ姿勢を常態にして生きるということは、姿勢の安定や俊敏さを失うと同時に、胸・腹・性器等の急所を外にさらしてしまうことであり、さらには腰や足にとても負荷がかかるために、とうぜん寿命も短くなってしまった。そのとき人類はいったん猿として「死んだ=滅びた」のであり、猿よりも弱い猿になってしまったのだ。つまり、だれもひとりでは生きられない存在になってしまったのであり、しかしだからこそ、助け合い連携してゆく関係が生まれてきた。そして助け合い連携してゆく関係が生まれてくるためには、ときめき合っていなければならない。

そのとき人類は、猿として生きる能力を失った。天敵から逃げる能力も、同じ猿どうしでテリトリー争いをする能力も、味方どうしで争って順位を決めたりボスになったりする能力も失い、おまけのその不安定で大きく負荷のかかる姿勢のために寿命も短くなった。だがそれによって、ときめき合い助け合うという猿にはない能力を身に着けてゆき、さらには一年中発情しているようになって爆発的に人口を増やしていった。

人類の直二足歩行の起源はまさに「家貧しうして孝子あらわる」という体験だったのであり、そしてさらに、それこそが「民主主義の起源」だったのだ、ともいえる。

人類の歴史は民主主義としてはじまり、それこそが究極の理想にもなっている。文明社会の政治形態の歴史はさまざまに推移してきたが、けっきょくはそこに還ってゆくのだろう。

人類社会の伝統は「民主主義」にあり、すべての支配体制は「民主主義」によって淘汰されてきた。

現在の世界の人々が何に支配されているのかということは、あれこれ錯綜していてとてもなやましい問題ではあるのだが、いかなる支配もいずれは「民主主義」によって淘汰される、と僕は信じている。それは、人間を信じる、ということだ。

人間とはときめき合い助け合い連携してゆく生きものである、と僕は信じている。

 

 

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キンドル」から電子書籍を出版しました。

『試論・ネアンデルタール人はほんとうに滅んだのか』

初音ミクの日本文化論』

それぞれ上巻・下巻と前編・後編の計4冊で、一冊の分量が原稿用紙250枚から300枚くらいです。

このブログで書いたものをかなり大幅に加筆修正した結果、倍くらいの量になってしまいました。

『試論・ネアンデルタール人はほんとうに滅んだのか』は、直立二足歩行の起源から人類拡散そしてネアンデルタール人の登場までの歴史を通して現在的な「人間とは何か」という問題について考えたもので、このモチーフならまだまだ書きたいことはたくさんあるのだけれど、いちおう基礎的なことだけは提出できたかなと思っています。

初音ミクの日本文化論』は、現在の「かわいい」の文化のルーツとしての日本文化の伝統について考えてみました。

値段は、

『試論・ネアンデルタール人はほんとうに滅んだのか』上巻……99円

『試論・ネアンデルタール人はほんとうに滅んだのか』下巻……250円

初音ミクの日本文化論』前編……250円

初音ミクの日本文化論』後編……250円

です。

選挙にいく理由

 

この数年間、選挙といっても大して面白いことも起きなかったし、関心なんか持たないほうが精神衛生にはいいのかもしれない。

ひどい世の中になってしまったものだと思う。そもそも社会のシステムそのものが腐っているのだろう。

多少なりとも自分に世の中を変える力があるのなら奮い立ちもするのだろうが、今さらそんな元気もない。ただただもう、かなしいやら情けないやら。

認知症になりたいとは思わないが、源氏物語の姫君たちのように、ひたすら嘆きかなしみながら衰弱して死んでゆくことができるのなら、それはきっと素敵なことにちがいない。

生きていてもしょうがない身であるのに、それでもまだ生きている。それはきっと世界が輝いているからだろうし、世界の輝きにときめく気持ちが消えないからだろう。だから、世界の輝きにときめきながら衰弱して死んでゆくことができたら、それがいちばんめでたいことにちがいない。

この生は、世界の輝きにときめきながら活性化し、ときめきながら衰弱してゆく。人は、そのはざまを生きている。

政治のことなんかどうでもいいといっても、べつに無知であるからでも愚かであるからでもなく、それ自体が世界の輝きにときめいていることの証しでもある。

それにしても、日本列島の住民は、どうしてこんなにも支配権力に従順な歴史を歩んできてしまったのだろう。まったく日本人というのは因果な民族だと思う。

どんなにひどい政治であっても、目の前の「あなた」や「世界」は輝いている。「うんざり」することと「ときめく」ことは一枚のコインの裏表のようなもので、「うんざり」することだけで生きることなんかできないわけで、いつの間にかそれを忘れて「ときめいて」いる。

政治の世界なんか、うんざりすることばかりだ。日本列島の民衆に「政治を変えよう」と呼びかけても、けっして大きなうねりにはならない。そもそも政治なんかに興味がない歴史を歩んできたわけで、政治の世界はいつの時代も醜かった。この社会をよくしたいと思うのなら、それは民衆自身の人と人の関係の問題であって、政治の世界を当てにすることなんかできない……という思いがどこかしらにある。

僕だって、いっとき選挙のことに興味を持ったが、それは「お祭り」としての選挙であって、「政治」としての選挙ではない。人は政治に動かされて生きているのだとしても、政治に動かされていない部分のことが知りたい。

日本人は政治に関心がないからだめだといわれても、知りたいのは「政治」のことではなく、「なぜ政治に関心がないか」ということだ。

天皇制のせいだろうか?

 

 

明治以来の大日本帝国主義においては、天皇は「現人神(あらひとがみ)」であり「大元帥閣下」であり「国の家長」であった。権力社会から下りてくるその思考の、なんと醜悪なことか。歴史の無意識として民衆の心の底に宿る天皇はそんな対象ではないのだが、何しろ歴史の無意識なのだから、それが表立った自覚にはなっていなかった。無自覚ゆえに、ひとまずその思考を受け入れていった。

国家の政治権力は、人の心を醜悪にしてしまう。民衆はみずからの歴史の無意識=伝統に無自覚だから、ひとまずその醜悪な思考を受け入れてしまい、ときにはそれが伝統だと思い込んでしまう。そう思い込ませたものと思い込まされたものが結託して「右翼」という勢力になってゆく。

しかし、地下水脈として民衆の心の底に流れる歴史の無意識が途絶えることはない。あの大日本帝国の治世下においても途絶えることはなかったからこそ、敗戦後には、人間宣言をした天皇とともにさっさと憲法第九条を掲げて歩み始めた。

たしかに戦前の民衆は、大日本帝国主義に身も心も染められてしまっている部分はあったのだが、それでも「ひどい政権だ」という思いもなかったわけではないし、その思いをなだめるのに天皇の存在が機能していた。どんなひどい政権のひどい時代であっても、天皇が受け入れているのなら、自分たちだって受け入れないわけにはいかない、と。

人々の暮らしの隅々まで国家権力によって統制されていったあの時代を、祭りの混沌とした賑わいを愛する日本列島の民衆が快く思っていたはずがない。

あのころもまた、きっとひどい時代だったのだし、それでも民衆は、民衆自身の集団性の文化を守って生きようとしていた。まあだから、「あのころはよかった」などという述懐も生まれてくるわけだが、それは政治制度の話ではない。

どんなひどい時代であれ、社会の片隅における輝きはある。

 

 

敗戦直後の日本列島の民衆は、「明るい明日の日本をつくろう」というスローガンのもとに結束していったのではなく、ただもう歌謡曲や映画やスポーツ等の娯楽産業を盛り上げながらの「祭りの賑わい」を盛り上げていっただけだった。そのとき人々の心は、みじめな敗戦に打ちひしがれていたと同時に、解放感で大いにはしゃいでもいた。明日に向かってがんばろうと結束していったのではない。結束することなんか、もうごめんだった。生き残った拾い物の命の中で、だれもが国家の制度や秩序など信じないという、その混沌の賑わいとともにときめき合い助け合うという豊かな「連携」を生み出し、それが戦後復興のダイナミズムになっていった。

日本列島の民衆は、伝統的に国家など信じていない。だから、国家制度とは別の民衆独自の自治の文化を育ててきたのであり、それが現在の、政治に対して無関心な無党派層が4割以上いるという状況を生み出している。そうやっていつの時代もどんなひどい政権でも受け入れてきたし、しかしそれは、そのぶんスムーズに時代の変化に対応してゆくことができるということでもある。この国の歴史においては、伝統を超えてゆくことが伝統になっており、それを「進取の気性」という。そうやって戦後復興がはじまった。

そして「進取の気性」は普遍的な人間性でもあり、そうやって人類の歴史は進化発展してきた。

「進取の気性」すなわち「進化」とは、生き延びようと計画することではなく、「もう死んでもいい」という勢いで異次元の世界に超出してゆくことだ。すべての生きものは、「もう死んでもいい」という勢いで生きている。

敗戦直後の日本列島だって、そういう「もう死んでもいい」という勢いのお祭り騒ぎのエネルギーで復興していったのだ。そのころ、笠置シズ子の『東京ブギ』とか美空ひばりの『お祭りマンボ』のような洋風モダンでにぎやかな歌謡曲もけっこう流行った。それを「アメリカかぶれ」といおうと、伝統を超えてゆくのがこの国の伝統であり、良くも悪くもおっちょこちょいで異次元の世界に超出してゆくのだ。

伝統とは「究極」を目指すことであって、ただ古いものを守るということではない。

法隆寺薬師寺を建てた宮大工たちは、千年後の姿を念頭に入れながら仕事をしていたという。寺院建築だけではない。日本列島の職人仕事には、職人の手を離れた後の五十年百年千年の自然の「風化」にさらして初めて完成する、というようなコンセプトの作品がいくらでもある。まあそれも「わび・さび」の文化だし、そもそも人類の歴史遺産というのがそのようなものだし、「廃墟の美」というのもある。

伝統を超えてゆくのは自然であり、自然が伝統なのだ。

 

 

現在の、このうんざりするような時代状況に出口はあるのだろうか。

出口なんかなくてもよい。とりあえず生きていれば、何かと出会うし、何かが起きる。それでも世界は輝いている。そういう小さな世界に「かわいい」とときめき、しみじみと癒されてゆくことがあるのなら、生きていられる。日本人が政治に無関心であるのはそういう感性というか世界観がはたらいているからだろうが、それでも生きてあるこの命のはたらきを無駄に放っておくことはできない。ちゃんと使い切らないことには、生きてあることとの折り合いがつかない。生きてゆくためではない。どうせ死んでゆくのだもの。使い切らないと、死んでゆくことができない。

死んでゆくことができない生き方なんかしたくない。

生きることは、エネルギーを消費するはたらきであり、死んでゆくいとなみである。死んでゆくことができない生き方なんかできない。死んでゆくというかたちでしか生きるいとなみは成り立たない。

そうやって人は、「もう死んでもいい」という勢いで何かをする。そうやって、この生のエネルギーを消費する。人間のすることはすべて、自分の命と引き換えの行為なのだ。そうやって、他者に命を捧げるようにして人はプレゼントという行為をする。命を捧げるようにして、赤ん坊を育てる……そんなことは、犬や猫や鳥でもやっている。

僕だって、だれかに捧げるようなつもりでこの文章を書いている。すべての生きものは、この世界の「生贄」なのだ。

生きることは「生贄」になることだ。「生贄になる」とは命のエネルギーを使い果たすということであり、命のはたらきとは生きるはたらきではなく死んでゆくはたらきなのだ。

このうんざりするような時代状況の出口が見えないのは人々が生き延びることを争っているからであり、争うことをやめて「生贄」として死んでゆくスタンスに立てば、「今ここ」が「出口」になる。

まあ現在のこの社会は、「階層化」とか「分断化」とか「閉塞状況」などのキーワードで語られる状況になっているらしく、その出口の先にある未来の新しい社会に向けて盛んに議論されているわけだが、そうやって「未来」を模索すること自体が「閉塞状況」から逃れられないことの証しで、未来に行っても新しい「閉塞状況」が待っているだけかもしれない。そうして、永遠に出口を探し続けていかなければならない。

人間にとっては生きてあることそれ自体が「閉塞状況」なのであり、未来に自由や解放が待っているのではない。この生の出口は、「今ここ」にある。「今ここ」に出口を見出すことが生きることであらねばならない。そうやって人は、遠くの青い空を仰ぎ、片隅の小さなものに「かわいい」とときめいてゆく。人の心のはたらきの「超越性」、それが「出口」を発見し、ときめいたりかなしんだりしている。

「未来」なんかあてにしないのが日本列島の伝統であり、それが普遍的な命のはたらきのかたちでもある。

生きてあること自体がひとつの「閉塞状況」であり、だから人はそれを受け入れるし、だからその状況の「今ここ」に出口を見出す。まあ日本人はそういうことが上手だからかんたんに支配されてしまうし、支配されるからこそなおのこと民衆独自の集団性の文化を守り育ててきた。

つまり、「支配されるもの」にしか「出口」を見出すことはできない、ということ。そして民衆は、この世界の「生贄」になる覚悟で支配されてゆく。「生贄になる」ということが、「出口を見出す」ということだ。

 

 

人類史において、文明国家の発生とともに「支配」と「被支配」の関係が生まれてきたのは、人々の心に「生贄」になろうとする衝動があったからだ。その心に乗じて、支配者が登場してきた。

だれもが「生贄」になろうとしている社会では支配と被支配の関係なんか生まれてこないし、だれもが「生贄」になろうとしているから支配者が生まれてくる。

そこで、支配者が生まれてくる状況がどこにあるかといえば、余剰の生産物ができてきてそれを手に入れようとする者があらわれてくることにあるのだろうか。

余剰の生産物が生まれてくるのは、集団の人口が増えみんなで農耕してたくさん収穫するということが起きてきたことの結果なのだが、それだけではまだ人々は平等だし、原始的な狩りや採集よりももっと平等になる。基本的にその段階では余剰のものなどつくらないのだが、人口が増えすぎて集団の運営に混乱が起きてくればまとまりをつくろうとするし、まとまるためのリーダーをみんなで選ぶようになる。そうして集団の運営をするリーダーは複数になってゆき、それでもまとまり切れなくなれば、もっとも美しく魅力的なカリスマをみんなで見出して祀り上げ、捧げものをしてゆくようになる。それが、祭りのときのアイドルである「処女の巫女」の集団であった。で、その捧げものや巫女の集団を管理運営するものとして「支配者」が現れてきた。少なくとも弥生時代奈良盆地ではそうだった。彼らには、力で民衆から搾取してゆくという能力はなかった。なぜならそこは外敵が攻めてくるようなところではなく、戦争の文化がなかった。であれば、外敵から民衆を守ってやる、という搾取のための理由がなかった。彼らにとっての支配のための大義名分は、巫女集団を庇護・管理し、その中もっとも美しく魅力的なカリスマの権威を高めてゆくことにあった。まあ、それによって民衆の捧げものが増えていった。

というわけで、古代の大和朝廷はたしかに支配者集団であったものの、それほど強い権力があったとも思えない。祭りのカリスマを祀り上げようとする民衆の側に支配される理由があっただけなのだ。

日本列島の民衆には、支配されやすい心がある。民衆には民衆独自の原始的な集団性の文化があり、異質な権力社会の政治に無関心になりがちだ。それに、「無常感」とか「あはれ・はかなし」や「わび・さび」とかの、いわばマゾヒスティックな美意識や世界観に付け込まれ、支配されてしまう。

古代の大和朝廷にそれほど強い権力などなかったのに、それでも民衆はたやすく支配されてしまった。日本列島の民衆には、この世界の「生贄」になろうとするマゾヒスティックな衝動がある。

 

 

日本人の政治に対する関心の薄さはもう、避けがたいことではないかと思える。

もちろん、直接的な利害関係があればその限りではないが、関心がないということ自体が日本人としての意識の高さになっている部分もあって、選挙にいかない知識人の人だってたくさんいる。

政治的な関心だけで日本人を選挙に行かせることはできない。どのようなニュアンスであれ立候補者の人間的な魅力で引き付けるとか、お祭り気分にさせるとか、そういうことが必要になる。

何しろ「色ごとの文化」の国なのだ。美しく魅力的なことや、無主・無縁の祭りの賑わいの要素がなければ、無関心層を政治の場に参加させることはできない。

しかし「色ごと」の醍醐味は「消えてゆく」心地にあり、そうやって人はだれもが、他者の「生贄」になって他者に手を差し伸べようとする衝動を持っている。無関心層の人に「自分の利益のために選挙に行こう」と呼びかけても無駄だ。そういう人には「あなたが選挙に行くことは困っている人に手をさしことになるのです」と訴えるべきなのだ。誰だって、困っている人に手を差し伸べることは気持ちのいいことだ。選挙に行くことは、権利でも義務でもない、「自己犠牲」なのだ。国の平和と繁栄のためではない、生きられない人を生きさせるためだ。それが、「色ごとの文化」の国の選挙に行く理由なのだし、その理由を人々に気づかせる候補者が現れてこなければならない。

 

 

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キンドル」から電子書籍を出版しました。

『試論・ネアンデルタール人はほんとうに滅んだのか』

初音ミクの日本文化論』

それぞれ上巻・下巻と前編・後編の計4冊で、一冊の分量が原稿用紙250枚から300枚くらいです。

このブログで書いたものをかなり大幅に加筆修正した結果、倍くらいの量になってしまいました。

『試論・ネアンデルタール人はほんとうに滅んだのか』は、直立二足歩行の起源から人類拡散そしてネアンデルタール人の登場までの歴史を通して現在的な「人間とは何か」という問題について考えたもので、このモチーフならまだまだ書きたいことはたくさんあるのだけれど、いちおう基礎的なことだけは提出できたかなと思っています。

初音ミクの日本文化論』は、現在の「かわいい」の文化のルーツとしての日本文化の伝統について考えてみました。

値段は、

『試論・ネアンデルタール人はほんとうに滅んだのか』上巻……99円

『試論・ネアンデルタール人はほんとうに滅んだのか』下巻……250円

初音ミクの日本文化論』前編……250円

初音ミクの日本文化論』後編……250円

です。

新しい時代はやってくるのか

 

1

元号は変わったが、このひどい政権が交代する気配はまるでない。

民意の総体にかなった政権であるはずもないが、多くの民意がそれを許してしまっている。ひどいとわかっていてもしょうがないと思う人もいれば、積極的にそこにすり寄ってゆく人もいる。もちろんそんなの絶対だめだと思っている人も少なくはないのだが、全体から見ればけっきょく少数派でしかない。そうして、もっとも多いのは、「どうでもいい」と思っている人たちだろうか。

そうやって国が壊されてきた。

この国は、政治や経済の権力を持っている者のやりたい放題にされてしまうような歴史風土(=社会構造)になっている。

天皇がいる国だからだろうか。みんな天皇のようにやさしくてあきらめがよすぎるから、こんなひどいことになってしまう。

人は、ときめく対象を持っていなければ、生きにくい生を生きることができない。ときめく心の象徴として、天皇が存在している。だから、天皇がいたらいけない、とも言えない。天皇を支配し利用する者の存在が、この世界を生きにくいものにしてきた。

遠い昔には、権力者のいない時代があった。遠い昔に帰れ、というのではない。遠い昔があったということを知るべきであり、遠い昔のように天皇との直接的な関係を結ぶべきだということ。それは「魂の純潔に対する遠いあこがれ」を手放さないことであり、天皇は「魂の純潔」の象徴なのだ。

言い換えれば、「魂の純潔に対する遠いあこがれ」を生きることができるなら天皇はいなくてもよい、ということであり、だから民衆は天皇がいなくなることをけっして拒まない。天皇がいなくなるのを受け入れることは、天皇との直接的な関係を結ぶことであり、「魂の純潔に対する遠いあこがれ」を生きることだ。

この国の神道における「かみ」は「隠れている」のであり、もともと天皇は「隠れている」存在である。だから、天皇がいるところを、かつては「内裏(だいり)」といった。そうやって天皇がいなくなるのを受け入れることは、それ自体が天皇との直接的な関係を結ぶことであり、天皇を祀り上げることになる。

民衆は、普段から天皇のことを思い、天皇のことを生活の規範にして生きているわけではない。天皇は「隠れている」のであり、天皇を忘れて生きることが、天皇とともに生きることなのだ。忘れてはいるが、いつでも思い出すことができる、この世のもっとも美しく魅力的な存在として。

 

 

天皇は、日本人の歴史の無意識に宿っている。日本列島の歴史において、天皇を祀り上げることは、人と人がときめき合い助け合い連携してゆく集団になるためのよりどころになってきた。つまり民衆社会が独自に天皇との直接的な関係のもとでのそういう集団性を持っているからこそ、権力社会に好き放題のことをされてしまう。この国は、ひとまずそういう社会の構造になっているらしい。

この国の民衆社会では、だれもが天皇を祀り上げながら「魂の純潔に対する遠いあこがれ」を抱いているのに、それでもというかだからこそというか、あんな醜悪な政治や経済の支配者たちから好き題にされてしまう。

ともあれ、この国でほんとうに「民主主義」が機能したら、こんなにもひどい政治経済システムの世の中になるはずがないのだ。

選挙に行かない民衆がいけないのだし、そういう民衆の心を惹きつける魅力的な政治家や資本家があらわれてこないのがいけない。見かけの良さや弁舌の巧みさで人気になる政治家はいるだろうが、民衆の心の「魂の純潔に対する遠いあこがれ」に訴える力を持った政治家はなかなか現れてこない。それこそが民衆が民衆であることの根拠なのに、その心を揺り動かされないから、多くの民衆が選挙に行かない。

山本太郎は、民衆の中のその心を揺り動かして大きなムーブメントを生み出すことができるだろうか。注目はしているが、僕にはわからない。この国は、このまま壊れ続けてゆくのだろうか。

 

 

大事なのは、自分ではないし、家族でも国家でもないし、人類ですらない。人類滅亡はめでたいことであり、人類を超えた「魂の純潔」こそが大事なのだ。人は、「魂の純潔」持って生まれてきて、物心がつくにしたがってそれを失ってゆく。そうしてそれは、死ぬまで取り戻すことができないし、取り戻そうとすることが生きることだともいえる。

「もう死んでもいい」という勢いで人間性の自然としての「魂の純潔に対する遠いあこがれ」に殉じてゆくときにこそ、人の命や心は活性化する。それは人間性の悲願であり、そこのところで盛り上がらないと世の中は変わらないし、無関心層も投票には行かない。

「もう死んでもいい」という勢いで盛り上がるお祭りが必要なのだ。その勢いが、生き延びることに執着する政治家や資本家たちの策謀を凌駕しなければならない。たぶん、人々が搾取され続けるこの閉塞状況は、もはやそういうかたちでしか突破できない。

必要なのは、「正義」ではなく「お祭り」であり、人と人のときめき合う関係なのだ。そして、もともと天皇はその関係が生まれてくるよりどころとして上代奈良盆地で機能していたのであり、それが現代まで続く民衆社会の伝統になっている。

日本国憲法第九条などという能天気な法律は、人と人が他愛なくときめき合い助け合う社会でしか成り立たないのであり、日本列島にはそれを成り立たせる伝統がある。

たしかに日本人はかんたんにあきらめてしまうところがあるのだろうが、同時に他愛なくお祭り騒ぎで盛り上がってゆこともできるわけで、現在の右翼政治家と新自由主義の資本家が結託して作っている社会システムが盤石だともいえないのではないだろうか。

それとも、このままいくところまで行って、あの敗戦のときのように社会が完全に壊れてしまわなければ変わることもないのだろうか。

現在のこの国は、社会全体の資産(GDP)の成長は横ばいのまま、下層の庶民で貧困化が進み、上層部の企業資本家の資産は増えていっている。つまり、下から上に吸い上げるシステムが出来上がっている。

現在のこの社会は、壊れつつあるのか、それとも壊れてしまっているのか?壊れつつあるのなら、まだまだ変わらないのだろうし、壊れてしまっているのなら、変わってゆく動きが起きてきているにちがいない。

社会のシステムだけではない。人々も心も壊されている。

 

 

「バカ殿」がいる社会というのは困ったものだ。「総理大臣」という玩具さえ与えておけば、まわりの者たちは好き放題のことができる。彼らは、バカ殿に「忖度」しているのではない。バカ殿を「操っている」のだ。そうして、「バカ殿の命令」という名のもとに部下たちを徹底的に支配している。つまり、権力社会の内部そのものにおいて、天皇制の構造が悪用されている。

しかし、だから天皇制を廃止すればよいという話にはならない。「バカ殿」と「天皇」はまるで違う。天皇は、「権力」という玩具なんか欲しがらない。バカ殿が権力を欲しがらないで、天皇と民衆の直接的な親密な関係のように、権力者の部下たちとの直接的な親密な関係が結ばれていれば、バカ殿を操る権力者も部下たちの抵抗が強くて好き放題のことができなくなる。

たとえば2016年のあのとき、天皇が民衆とのあいだで「譲位=退位の意向」の合意を結んでしまえば、権力者ももうそれに反対できなくなった。それと同じことだ。総理大臣が取り巻きたちとの関係を飛び越えてその部下たちとの直接的な関係を結んでしまえば、部下たちは上司に支配されることなく率直に進言してゆくことができる。

しかし現在のバカ殿と取り巻きたちは、権力に執着しつつ、部下たちを徹底的に支配している。というか、社会全体がそうやって天皇制を悪用した構造になってしまっている、ということだろうか。

現在のこの国のバカ殿は、取り巻き連中の部下のことも民衆のことも、知ったことではないらしい。取り巻き連中に祀り上げられていたれそれで満足だし、この国の下流社会がどんなひどい状況になっているのかということなど、おそらく何も知らないし、興味もないのだろう。

生まれついての「嫌われ者」は、自分をちやほやしてくれる人間以外に対する興味はない。世の中には、そういう人間はたくさんいる。

 

 

たぶん現在の課題は、天皇制を廃止することではなく、ほんらいの天皇制を取り戻すことにあるのだろう。

この国においては天皇こそが権力者を縛る機能としての「憲法」であり、天皇は、権力者を支配するのではなく、民衆との直接的な「ときめき合う」関係を結ぶことによって、権力者と対峙している。それがまあ「象徴天皇」という起源以来の天皇の本質であり、今にして思えば平成天皇は、われわれの想像以上にそうした天皇像を深く大胆に問い続けた人だったのかもしれない。

天皇であることのラディカリズムというものがある。天皇は、無力な存在であって、無力な存在ではない。

昭和天皇に戦争責任がなかったとは言わないが、「いつ死んでもかまわない」という覚悟はA級戦犯になった権力者たち以上に確かに持っていたはずで、死んだ気になってというか、「死んでもいいのなら俺だってとっくに死んでいたさ」といいたい気持ちを呑み込んで戦後も天皇であることを引き受けたのだろう。

「俺は戦争責任を果たすことを許されなかった」……昭和天皇は、息子の皇太子(平成天皇)にそう語り伝えたに違いない。

天皇の戦争責任なんて、もうでもいい。そうやって天皇を裁いて処刑したら、ますます「天皇崇拝」が盛り上がって、右翼だけでなく民衆の心にも火をつけてしまうことだろう。

われわれ民衆が裁かなくても、平成天皇はみずから「贖罪」の旅を続けたし、それはきっと新天皇にも引き継がれるに違いない。

この国で戦争責任を感じていないのは右翼たちばかりで、それは天皇家の心とは正反対なのだ。

 

 

天皇は、人類普遍の夢としての「民主主義」の象徴でもある。天皇が存在するかぎり、日本列島の民衆は「魂の純潔に対する遠いあこがれ」をけっして手放さない。つまり平成天皇は、それによって権力社会と対峙してきた。天皇には政治権力など何もないから、平成という時代の停滞化・衰退化の流れをどうすることもできなかったが、民衆が「魂の純潔に対する遠いあこがれ」を手放さないことのよりどころにはなってきた。だから「かわいい」のムーブメントをはじめとするポップカルチャーが花開いて海外に発信されてもいったわけで、それは、本質的必然的に権力支配に対して無力であるほかないのだが、たとえば敗戦後の復興のときのように、権力支配が崩壊して新しく生きなおすときには大きな力になる。

日本列島の民衆は、その本質において「魂の純潔に対する遠いあこがれ」を生きているがゆえに権力支配に対して無力であるし、その無力さが戦後復興のダイナミズムを生み出した。それはつまり、心はいつだって「権力支配が崩壊した世界」を生きているということであり、だからこの国では「権力支配を奪い取る」という「革命」が起きない。

マルクス主義者は「労働者独裁」などというが、民衆が権力支配を奪って理想の社会が実現した例などひとつもない。だからといって政治家が権力を持てばいいという話でもない。「権力が存在しない社会」こそ理想であり、じつはそこにおいてこそ人間社会はもっともダイナミックに活性化する。そうやって、人と人が他愛なくときめき合い助け合う「祭りの賑わい」を基礎にした社会が生まれてくる。それが人間社会の起源のかたちであり、究極のかたちでもある。そして、そんな社会を目指すためのよりどころとして、この国では天皇が祀り上げられてきたし、ヨーロッパでは宇宙の支配権力者としての「神(ゴッド)」とはべつに、「処女マリア」とか「ヴィーナス」とか「聖母マドンナ」とか「ジャンヌ・ダルク」とか「自由の女神」とかのさまざまな「女神信仰」が生まれている。

 

 

天皇は無力であり、民衆もまた無力である。無力であることは理想を夢見ていることの証しであって、「意識が低い」のではない。むしろ、高すぎるのだ。

民衆が祀り上げるのは、「権力」でも「正義」でもない。「魂の純潔」なのだ。「魂の純潔」を象徴する存在を祀り上げて「祭りの賑わい」が盛り上がる。

「魂の純潔」は、この世界にはない。この世界を超えた「異次元の世界」で生成している。人の心は、「異次元の世界」の「魂の純潔」を夢見ている。つまり、この生は「もう死んでもいい」という勢いで活性化するということ。そういう勢いの気配を祀り上げるのであり、そういう勢いの気配をもっとも豊かにそなえているのは「処女=思春期の少女」である。そうやって「女神」や「天皇」が祀り上げられる。「女神」を祀り上げて「祭りの賑わい」が盛り上がる。

選挙の候補者のもっとも強力なアピールは、男であれ女であれ、「正義=政策」ではなく、「もう死んでもいい」という勢いの「処女性」なのだ。そうやって土下座までして情に訴えてゆく。良くも悪くもこの国は、理屈よりも情が優先する社会であり、たとえただの演技であっても、わが身を捨てて訴える姿勢は人の心を揺さぶる。

「もう死んでもいい」という勢いを持ったヒーローが登場してこなければ、無関心層を巻き込んだ投票行動は生まれてこない。山本太郎は、はたしてそんなヒーローになることができるだろうか。

民衆は「感動=ときめき」がなければ動かないし、お金だけでなく「感動=ときめき」も奪われている社会である。

右翼勢力はもう、人を選別し、国民の同一化の邪魔になる異分子を排除して国民を分断することばかり仕掛けてくる。政治家や資本家や知識人から下々の庶民にたるまで、「正義」を振りかざすしか能のない右翼たちが、人としてそんなにも美しく魅力的か。醜い「嫌われ者」ばかりではないか。どうしてそんな人間たちだけが選ばれねばならないのか。「嫌われ者」ほど声高で主張が激しく、人を支配しにかかる。彼らは、支配することによってしか他者との関係を結べない。

 

 

人類史において、人が一か所にたくさん集まってきて人と人の関係がややこしくなってくれば、とうぜん人を支配したがる嫌われ者が生まれてくる。そうやって人を支配することによってしか生きられない嫌われ者たちが集まって支配階級を構成するようになってゆく。これが、上代奈良盆地における「大和朝廷」の発生であり、べつに右翼たちが信じるような「神武東征」によって起こったことではないし、一般の凡庸な歴史家たちがしたり顔して語るような九州や出雲や吉備の豪族が集まってきてつくったというのでもさらにない。

大和朝廷発生の理由は、そのころの日本列島で奈良盆地にもっとも大きな都市集落があった、ということにある。それ以外に、どんな考古学的事実があるというのか。

人類史における国家権力の発生は、無際限に大きな集落が生まれてくればどのようなことが起こるかという問題なのだ。もともと集落が大きくなりすぎればそこからこぼれ落ちてゆく個体が生まれてきてそれによって人類拡散が起きるという歴史段階を何百万年も続けてきたわけで、こぼれ落ちてゆくものがいないままどんどん集落が大きくなってゆけば、そりゃあ排除しようとする衝動がたまってくるし、排除しようとする者が生まれてくる。しかし大多数は排除しようとしないし、したがってだれもこぼれ落ちてゆかない。そういう状況から、排除しようとする衝動が自家中毒を起こして国家権力が生まれてきたのだ。つまり民衆の、他愛なくときめき合い助け合う関係からこぼれ落ちていった「嫌われ者」たちが、国家権力をつくっていったのだ。

権力者は、本能的に民衆に対する悪意を持っている。その悪意=憎悪とともに支配欲や差別意識が膨らんでゆく。

 

 

天皇を担いで大和朝廷をつくった者たちなんて、ただの嫌われ者の集団だったのであり、現在の右翼政権だって何も変わりはない。この国の権力者は、民衆の代理・代表として天皇を崇拝してゆく。崇拝しつつ支配してゆく。まるで駄々っ子のように、天皇にすがりついて天皇を支配してゆく。天皇を自分たちのものにしつつ、民衆と天皇の直接的な関係を分断してしまう。そうして「天皇の命令」の名のもとに民衆を支配してゆく。彼らは、他者を支配することによってしか他者との関係を結べない。それが、彼らの本能であり、生きる流儀なのだ。 この世界の人と人の関係をすべて「支配=被支配」の関係にしてしまえば、支配欲の強い嫌われ者ほど階層の上位に上がってゆくという社会になってしまう。それが「国家」のシステムであり、そのカウンターカルチャーとして「民主主義」が生まれてきたし、日本列島では古代のときからすでに「神道」という民衆自治の思想が生まれていた。起源としての神道は、民衆が支配者との関係から離れて直接「かみ=天皇」との関係を結ぶという、いわば民主主義だったのだ。

とうぜんのことだが、嫌われ者ほど「自助努力」に熱心だ。そうやって階層をのぼってゆく。それに対して「民主主義社会」とはだれもがときめき合い助け合っている社会のことで、そこには「自助努力」という概念はない。だれもが「もう死んでもいい」という勢いで他者に手を差し伸べてゆくのだから、「自助」などという発想は生まれてこない。そしてそれが、原初以来の人類集団のかたちであり、そうやって進化発展してきたのだ。「民主主義」は、そういう原初のかたちに遡行しようとするコンセプトであり、それが人類社会の究極の理想でもある。

人は、だれもが心の底にそういう究極の理想を抱いている。だから、山本太郎のような純真無垢な熱血漢が生まれてくる。

だったら、応援する側だって、それなりに心意気を示さなければならない。あなたは、たとえこの国が滅びることになるとしても消費税はもう廃止するしかないのだ、という覚悟で応援してゆくことができるか?「もう死んでもいい」という勢いがなければ「お祭り」は盛り上がらない。「自分が生き延びるために」とか「国が存続するために」とか、もうそんな「正義」など、どうでもいい。誰もが目の前の「あなた」を救いたいという気持ちになってゆくことができるかどうか、それが問題だ。

2017年選挙のときの枝野幸男から2019年選挙の山本太郎へ……民衆の心はつねに「正義」以上の「感動=ときめき」を求めている。もしも山本太郎が動かなかったら、今回の選挙は何の盛り上がりもないまま自民党圧勝で終わってしまうことだろう。まあ一部で盛り上がってもトータルでは圧勝するのかもしれないが、「こんなひどい政治はもういいかげんにしてくれ」という世の中の機運は、たとえ少しずつでも確実に進行しているに違いない。なぜならそれは、間違っているという以前に、醜いからだ。

この国が天皇を祀り上げているかぎり、「醜いことには耐えられない」という人の心が消えてなくなることはない。その心を基礎にして、人は「感動」という体験をする。誰の心の中にも「美意識」は宿っているし、「美意識」を封じ込めて世の中の政治や経済が進行している。稀代の「バカ殿」のまわりにうごめく政治家も官僚も資本家も、自分がいかに醜いことをしているかという自覚がまるでない。彼らは、民衆との直接的な関係が生じない場に立って、民衆を支配し続けている。

そうして民衆の多くは、うんざりしながら途方に暮れている。もちろん民衆の中には、権力社会に洗脳されている者たちもいれば、反発している者たちもいる。しかし、どっちにしてもそれらは一握りでしかない。

世の中は、壊れてしまったのか、壊れつつあるのか。

現在、民衆の「感動」を熱く広範囲に組織できる政治家は、山本太郎ひとりかもしれない。彼のことを僕は、踊念仏の「一編」の再来だろうか、と思ったりする。江戸時代を通じて何度も散発的に出現した「おかげ参り」騒動とか、幕末の「ええじゃないか」騒動とか、明治以降にも何度も起きている「米騒動」とか、そのような民衆のお祭り気分のエネルギーは、この国の伝統として現在にもなお蓄えられてあるに違いない。

新しい時代は、到来するのだろうか。それを祝福するようにして「お祭り」が盛り上がってゆく。

 

 

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『試論・ネアンデルタール人はほんとうに滅んだのか』

初音ミクの日本文化論』

それぞれ上巻・下巻と前編・後編の計4冊で、一冊の分量が原稿用紙250枚から300枚くらいです。

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『試論・ネアンデルタール人はほんとうに滅んだのか』は、直立二足歩行の起源から人類拡散そしてネアンデルタール人の登場までの歴史を通して現在的な「人間とは何か」という問題について考えたもので、このモチーフならまだまだ書きたいことはたくさんあるのだけれど、いちおう基礎的なことだけは提出できたかなと思っています。

初音ミクの日本文化論』は、現在の「かわいい」の文化のルーツとしての日本文化の伝統について考えてみました。

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です。

新天皇が背負っているもの

 

平成から令和になって、時代の気分が少し変わるのだろうか。変わらなくはないような気もする。なんのかのといっても天皇制は、歴史の無意識として人々の心の底に根付いているのだろう。どう変わるかはわからない。しかし「変わった」という思いは、だれもが心のどこかしらに抱いている。

それに新しい天皇と前の天皇は同じ人ではないし、天皇に対する民衆が抱く印象も同じではない。

平成は、天皇の人気というかカリスマ性が上昇するにつれて、世の中も右傾化していった。おそらくそれは天皇が望むことではなかっただろうが、そのカリスマ性によって、避けがたくナショナリズムを培養してしまう。

もともと民衆にとっての天皇は、「国家制度=憂き世のしがらみ」の鬱陶しさから逃れるためのよりどころだったのであり、国家権力を超える存在として祀り上げているのだ。したがって天皇はつねに国家権力の外に立っているし、権力者とは非対称的な存在なのだが、だからこそいいように権力者から支配されてしまう。つまり、天皇は本質的に「無力な支配されるもの」であり、権力者のアイデンティティは旺盛な支配欲の上に成り立っている。天皇は本質的であればあるほど民衆から慕われるし、権力者からはナショナリズムを煽って民衆を支配するための道具にされてしまう。そして、権力者の天皇に対する崇拝は、そのまま天皇を支配しようとする欲望でもある。彼らにとってもっとも崇拝できる対象は、支配欲も所有欲も持たないこの世の外の存在であり、天皇がそういう存在でなければ許さない。そして、天皇がそういう存在であるということは民衆もまたそういう存在になっているということであり、そうやって権力者が好き勝手に支配できる社会が出来上がってゆく。

 

 

平成天皇が退位の意向を示したとき、権力の側にいる者たちのほとんどは、それに反対した。なぜなら天皇は「無私の人」であらねばならないし、自分たちが自由に操ることができる存在であらねばならないからだ。

天皇はいてくれるだけでいい」と彼らはいう。それはまあ民衆の気持ちも同じだが、だからこそ「天皇がそれを望むのならそれでいい」と思う。民衆には、権力の側の者たちのような「天皇はかくあらねばならない」というような支配欲や所有欲はない。

権力者にとっての天皇が「無私の人」であることの根拠は、自分たちが「支配」し「所有」できる対象であることによって確認される。「無私の人」は、この世の存在であってはならない、「神」であらねばならない……彼らの「天皇崇拝」の、なんとエゴイスティックでグロテスクなことか。

支配欲や所有欲や競争心のないものほど、支配しやすい対象もない。それらの欲望を人間性とか知能の本質だと考えるなら、それを持たな天皇なんかただの「ばか」である。彼らは、みずからの欲望を正当化する思考で、天皇を神の世界に押し込め崇拝している。

それに対して民衆の心は、天皇とともに鬱陶しいこの世の外に超出してゆく。「もう死んでもいい」という勢いで超出してゆく。それが「ときめく」という心の動きであり、それによって助け合い連携してゆくのが民衆社会の集団運営の伝統であるのだし、権力者はそのダイナミズムを奪って民衆社会を「物言わぬおとなしく貧しく弱い者たちの集団」にしてしまおうと画策してくる。

天皇を神として崇拝せよ」ということは、天皇と民衆の直接的な関係を切断し、民衆をこの世界に押し込めようとすることだ。

民衆の心は、天皇とともにこの世の外に超出してゆく。民衆は、天皇に「ときめいている」のであって、「崇拝している」のではない。「崇拝」なんて、思考停止している者たちのすることであり、「ときめく」ことができなくなった者たちのすることだ。彼らは、民衆を思考停止に陥らせるために「崇拝せよ」と迫ってくるし、彼ら自身がすでに崇拝し思考停止しているものであるがゆえに、そのことになんの後ろめたさもなく、むしろそれが正義で正当なことだと信じて疑わない。

 

 

天皇制は、民衆をかんたんに支配されてしまう存在にしてしまう装置であると同時に、民衆の心を「もう死んでもいい」という勢いでこの世の外に超出してゆく装置であり、そのとき民衆の心は、権力者に洗脳されているのではなく、権力者をこの世に置きざりにしてしまっている。

日本列島の歴史において民衆は、民衆だけのときめき合い助け合い連携してゆく社会を組織してきた。すなわち天皇制は、「究極の民主主義」であると同時に、「もっとも脆弱な民主主義」でもある。あはれではかなき民主主義、わび・さびの民主主義、無常の民主主義。

まあ人類が究極の理想にたどり着くことなんか永遠に不可能であり、それでも人類は「究極の理想」を夢見て歴史を歩んでゆく。

「究極の理想」とは「魂の純潔」のこと。誰の中にも「魂の純潔に対する遠いあこがれ」は宿っている。だから天皇が祀り上げられるのだし、日本国憲法第九条のような、永遠にかなえられそうもない理想が語られる。アメリカに押し付けられた憲法だというが、アメリカ人のような闘争的な民族でさえそういう理想を語ろうとするのだから、ましてや日本人がそれになじんでゆかないはずがない。少なくともそれが日本列島の民衆の伝統的な精神風土だったから、ひとまずここまで守られてきたのだ。

天皇は、日本国憲法第九条の象徴でもある。日本国憲法第九条を否定することは、天皇を否定することだ。

この世に右翼ほど天皇を否定している存在もない。いやまあ左翼だってそうなのだから、どっちもどっちということだろうか。

 

 

新しい天皇は、どのようにして「象徴天皇」としての道を歩んでゆくのだろうか。

戦後の天皇家の「象徴天皇」を模索する旅は、まだ終わってはいはない。

民衆だって、そのことに対するコンセンサスをきちんと確立しているわけではない。その議論をきちんとしてこなかったのは、あまりにもあたりまえすぎて、疑問を抱く余地のないことだったからかもしれない。

少なくとも敗戦直後の民衆は、その「象徴天皇」とか「人間宣言」というような、これまでとは大きく違う天皇像を、いともあっさりと受け入れていった。それこそが日本列島ほんらいの天皇像であり、戦前の天皇像こそ間違いだった、ということを受け入れるのになんのとまどいもなかったのは、そこに日本列島の歴史の無意識がはたらいていたからだろう。

とまどったのは昭和天皇と右翼たちであり、しかし天皇はそれを受け入れ、右翼たちは納得しなかった。

民衆が受け入れたのなら、天皇に受け入れない理由はなかった。天皇とは、もともと「受け入れる者」であるからだ。

やまとことばというか、古代以来の日本列島の「かみ」という概念は、西洋一神教の「神」とは違う。

「かみ」の「か」は、「気づく」とか「納得する」とか「確認する」というようなこと、「み」は「本質」の語義。

(森羅万象の)本質に深く気づき納得してゆくことを「かみ=かむ」といい、そういう生まれたばかりの赤ん坊のような柔らかくヒリヒリした敏感な心のことでもあり、したがって「かみ」とは「魂の純潔」のことだともいえる。

古代および古代以前の「ひらがな」のやまとことばにはひとつの意味に限定されないさまざまなニュアンスがあり、後世の国家神道では一神教の「神」のような解釈をされるようになってきたが、それもまた「かみ」のひとつの意味ではあった。

「たま」というやまとことばは、もともと「満ち足りた心」というようなニュアンスだったが、仏教伝来以後にだんだん「霊魂」というような意味にもなっていった。それと同じで、民衆が歴史の無意識としてイメージしている「かみ」は、国家神道に執着した権力者が語る「神」とは違う。

もともと天皇は、「かみ」であっても、「神」ではない。

明治以来の大日本帝国憲法教育勅語によって「神」にさせられてきた天皇がほんらいの「かみ」に戻ってゆく旅は、まだまだ終わっていない。

 

 

平成天皇は、皇居内で日常的に行われている宮中祭祀を「民の安寧を祈る儀式」と思い定め、昭和までの「国家繁栄や天皇家万世一系の安泰を先祖の神(アマテラス)に祈る」というコンセプトを払拭していった。おそらく彼には、自分の先祖が神(アマテラス)だという意識はないだろうし、「万世一系」と思考停止してゆくのではなく、もっと科学的に天皇家の歴史を見ようとしていたらしい。だから、古代には朝鮮貴族と天皇家との婚姻があった、というような右翼が怒り出しそうなことをさらっといったりしていた。

そうして日本中を行幸してまわるに際しても、とくに被災地などでは民衆の前にひざまずいて語り合い問いかけるという姿勢を貫いた。それがきっと、彼の思い描く「象徴天皇」としてのたしなみだったのだろうし、世の右翼の者たちにとっては少なからず癇に障ることだったらしい。

彼は、皇太子のころから、ずっと右翼からの批判を浴び続けてきた。

その批判が消えたのは、3・11の被災地を何度も訪問するとともに、テレビから国民に肉声のメッセージを送ったときからだった。彼のその言葉と行為は、国民から圧倒的な支持を得た。そうなるともう、右翼も批判することができなくなっていった。

退位のときのテレビメッセージにしろ、平成天皇の言葉は、つねに権力者の意向を凌駕してきた。天皇には何の権力もないのに、それでもそうなのだ。戦前の天皇は、帝国主義イデオロギーの上に乗っかっていた。そのバックボーンがなくなっても、それでもそれ以上の存在感を右翼の前に見せつけた。

皇太子のときからずっと民衆との対話を続けてきた彼は、いざとなったら民衆は自分の味方をしてくれるということを、肌で知っていた。皇居内の宮中祭祀に出ることをけっして欠かさなかったのも、その祈りが通じることを信じていたというか、なんとしても通じさせたかったのかもしれない。

 

 

天皇は、権力者のように国家神道というイデオロギーを持ち出さなくても、それ以上に民意を集めることができる。まあ、この国のスーパースターなのだ。天皇がその気になれば、100万人の大集会だって生み出せる。権力にとって、それはきっと脅威だろう。だから、高いところに祀り上げ、おとなしくさせておきたい。

権力にとって天皇は、諸刃の剣なのだ。それは、民衆を支配するためのもっとも有効な道具であると同時に、民衆と天皇が直接つながってしまえば、権力が無効にされてしまう。そうやって民意に押され、平成天皇の退位は許さないという権力側の方針を引っ込めるしかなくなった。

天皇の言葉がなぜそんなにも民意を動かしてしまうかといえば、天皇の存在理由が民衆との関係の上に成り立っているからだ。民衆が存在しなければ、天皇もまた存在できない。天皇が民衆との親密な関係を結ぶことは、天皇に負わされた責務というか天命であり、平成天皇はそれにしたがって、いつも宮中で祈りの儀式を捧げ、被災地を訪れてひざまずき、退位の意向を表明した。それは、自分でしようとしたことではない。天(=自分の運命)と民衆の両方からさせられたことであり、基本的に天皇は「支配されるもの」であって、「支配するもの」ではない。

平成天皇は、天命にしたがって退位の意向を表明した。彼にとって毎日の宮中祭祀や被災地訪問ができなくなることは、天命に背き民衆を裏切ることを意味する。だから民衆は、それを察して賛成した。

右翼ばかりが、自分たちの勝手な都合でそれに反対した。天皇が何もしないことは、彼らにとっては好都合なことであり、それこそがもっとも望むことだともいえる。それは天皇が「神」になることだし、明治以来の大日本帝国のように、「神=天皇」の命令のもとに好き放題に民衆を支配できる。彼らは、天皇を徹底的に支配しようとする。それは天皇に何もさせないことであり、この世の外の「神」として祀り上げることであり、彼らの天皇に対する「支配欲」と「崇拝」は、一枚のコインの裏表だ。

 

 

平成天皇が退位の意向を表明したとき、右翼たちは、じゃあ天皇天皇のままで皇太子を「摂政」にして公務に当たらせよう、ということで意見が一致した。彼らにとって天皇が何もしなくなることはこの上なく好都合なことで、これで大日本帝国の復活だ、とわが世の春を叫んだ。

皇太子の摂政なんか、自由に操ることができる。何はともあれ天皇は唯一不可侵の存在だが、皇太子の代わりなんかいくらでもいる。べつに秋篠宮でもその従兄弟たちでもかまわない。古代の皇太子なんか何人も権力者によって殺されているのであり、もともと皇太子は殺してもいい存在なのだ。

天皇家における皇太子がいかに窮屈で危険で不安定な存在であるかということはもう天皇家1500年の伝統であり、その受難と苦悩は、昭和天皇も平成天皇も新天皇も、いやというほど味わってきた。皇太子なんか、右翼たちから好き勝手に批判・非難され支配され続けねばならない。

大正天皇は、晩年の5年間を公務から退き、皇太子である昭和天皇が「摂政」として公務を代行した。この5年間は、天皇家にとって暗黒時代だった。大正天皇は不治の病に陥ったのではない。たまたまちょっとした病気になったことを口実にして辞めさせられた。その病気が致命的物出なかったことは、彼が辞めたあと5年間も生きたということが証明している。彼は天皇としてはあまりにも自由奔放すぎた。明治天皇が権力者に課せられた天皇像を忠実に演じ続けたのとは対照的だった。ときあたかも「大正デモクラシー」の風潮が起こっており、明治生き残りの権力者たちは、大いに不愉快で不安だった。だから、自由に操ることができる若い皇太子を摂政にして、帝国主義圧政の流れを取り戻そうとした。そしてその思惑通り、皇太子は徹底的に管理され、天皇は「病気療養中」という大義名分のもとに、まるで生ける屍であるかのように喧伝されながらずっと皇居内に幽閉されてしまった。

天皇にとっても皇太子にとっても、完全に自由を奪われ、耐えがたい屈辱を味わい続けた受難の日々だった。

もしかしたらあの無残な敗北を迎える太平洋戦争に向かう大陸侵略の流れの素地は、この5年間につくられたのかもしれない。

 

 

その5年間の天皇家の屈辱は、昭和天皇から平成天皇へと語り継がれているに違いない。であれば、とうぜん新天皇も知っているのだろう。

平成天皇が最初に会議の席で退位の意向を申し出たのは、2010年70歳代後半のころだったらしい。2016年のテレビメッセージの6年前、このときまわりは、じゃあ「摂政」を置こうと提案したが、天皇は、それを断固として拒否した。理由はもちろん、あの大正末期という「悪しき前例」を繰り返すわけにいかない、ということだった。彼にすれば、自分が幽閉される悲惨・屈辱以上に、摂政になった皇太子に昭和天皇と同じ苦しみを味わわせたくないという思いがあったのだろう。雅子妃だって、生きた心地のしない日々がなおふくらんでゆく。そのとき皇太子はすでに40歳を越えており、十分に天皇としての公務を果たす能力を身に着けている。

まあ、皇太子であることがどんなにしんどいかは、皇太子になったことのあるものでなければわからない。父として、そのしんどさから解放させてやりたかったし、もはや自分にはきわめられそうもない「象徴天皇」としての道をきわめてもらいたい、という思いもあったかもしれない。

平成天皇がやり残したことのいちばんは、おそらく、この国が天皇の名のもとに侵略していった朝鮮・中国への「贖罪」の旅だったのではないだろうか。サイパンなどの東南アジアの島々には行くことができたが、朝鮮・中国には、微妙な政治問題の壁に阻まれて、ついに行くことがかなわなかった。

そしてもしもそれが新天皇によって実現するとすれば、そのときこそ雅子妃の元外交官としてのキャリアが生かされるのだろう。

天皇は、最初の一般参賀の「お言葉」で、「諸外国と手を取り合って世界の平和を求め」というようなことをいっていた。それは、朝鮮・中国への訪問の旅の実現を視野に入れつつ、元外交官としての雅子妃に対する信頼の意味も込められているのだろうか。

それにしても、平成天皇が前例を覆して民間の娘を嫁に選んだのも、新天皇が外交官の娘を嫁にしたのも、天皇家の深慮遠謀だったのだろうか。そうやって少しずつ明治以来の右翼権力から離れてゆき、最後には外交官の娘と朝鮮・中国に行く。それが、昭和天皇が果たせなかった「戦争責任」の償いであり、民衆との直接的な関係を結ぶ「象徴天皇」になるための道筋だったのだろうか。

戦後の象徴天皇制は、天皇を右翼権力から民衆のもとに返すことだったのであり、民衆はたちまちもろ手を挙げて受け入れたものの、しかしその実現への道はけっしてかんたんではなかった。

いまだに右翼たちは、自分たちこそ天皇の正当なしもべだと自慢げに主張している。右翼ほど天皇を蹂躙している存在もないというのに。そしてそのことは、天皇家がいちばんよく知っている。彼らはもう、右翼権力に介入されることが、骨身にしみてつらいのだ。

われわれは、天皇を右翼権力から取り戻すことができるだろうか。僕は、天皇制がいいのか悪いのかというような政治的なからくりのことはよくわからないが、とにかく天皇は、右翼の専有物ではないのだ。

 

 

戦後の天皇は、権力イデオロギーとは無縁になったのに、なお存在感が増した。昭和天皇崩御のときの自粛ムードは異常だった……などとよくいわれるが、それは「他者の死をかなしむ」ということが深く広く共有されていったというだけのことであり、3・11の大震災のときだってそうだった。「かなしみ」こそが人と人の豊かなときめき合う関係をもたらす。「かなしみ」に浸されている心においてこそ、世界はより豊かに輝いて立ち現れる。

天皇は、人の心の「かなしみ」と「ときめき」の象徴として存在している。べつに、絶対的な権威でも神でも統治者でもない。もとはといえば、ただの村祭りのアイドルだった。起源論としてはそういうことになるし、しかしだからこそ、統治者よりももっと「超越的」な、けっして滅ぼすことのできない存在として祀り上げられてゆくことになった。

民衆が天皇と共有しているのは、右翼のような権威主義的な心でも支配欲でも差別的な心でもない。右翼は、天皇と何も共有していないから天皇を平気で支配してゆくことができるし、いつまでたっても「象徴天皇」というイメージを理解できない。

民衆と天皇のあいだには、「ときめき」と「かなしみ」が共有されている。だから被災地訪問の現場では、被災者とのあんなにも親密な関係が生まれる。

「ときめき」と「かなしみ」が共有されていなければ、助け合い連携してゆく集団のエネルギーは生まれてこない。われわれは、太平洋戦争の敗戦や東日本大震災によってそのことを体験したのであり、それが日本列島の民衆の集団性の伝統にほかならない。

原初の天皇は、無主・無縁の混沌とした賑わいの中からときめき合い助け合い連携してゆく集団から生まれてきたのか。それとも権力者の統治支配の秩序のもとで結束してゆく集団として生まれてきたのか。後者が戦前の大日本帝国であり、敗戦後のこの国は前者の集団性を基礎にして始まったのであり、それこそが民衆の集団性の伝統なのだ。

原初の天皇は、統治国家の王として登場してきたのか。それとも混沌とした原始的な集団の賑わいの中で、いつの間にか人々から祀り上げられていたのか。日本列島の文化や集団性の伝統を考えるかぎり、後者のかたちで天皇が生まれてきたに違いないのだ。そうでなければ東日本大震災の、あの連携の盛り上がりは生まれてこないのだ。

 

 

10

天皇の言葉がなぜ権力者のそれを凌駕して民衆に支持されてゆくのかといえば、権力者が民衆を支配してゆく存在であるのに対して、天皇は、民衆みずからが祀り上げてゆく存在であることにある。だから、天皇の言葉は、そのまま民衆の言葉でもある。

民衆は権力者の言葉を受け入れても、それをそのまま自分の言葉にすることはない。つまり、支配されても、洗脳されることはない。現在の総理大臣の支持率がどうのといっても、人々は「あきらめている」のであって「合意している」のではない。誰も、総理大臣の言葉(=思い)を自分の言葉(=思い)になんかしていない。あきらめてしまえば、あんな総理大臣でもかまわなくなってゆくだけのことだろう。

ネトウヨの騒々しい差別ヘイト発言だって、何となく黙認されてしまう。

しかし、だれも合意していない。とうぜんカウンターの動きだって起きてくる。天皇が右翼権力に対峙していてくれるなら、民衆だって踏ん張ることができる。

この国における民意の形成の主体は天皇であって、権力者ではない。民衆は「感動」して動くのであって、「正義」に合意して動くのではない。気分で動いて何が悪い?

そして右翼は、天皇のもっともよき理解者ではなく、もっとも天皇を蹂躙する者たちである。天皇は、国家権力を甘んじて受け入れているものであるが、国家権力という「正義」を体現しているのではない。国家権力に支配されつつ、国家権力を超えて存在している。そしてそれは民衆の願いでもあり、だから天皇は民衆の心に寄り添うことができるし、民衆もまた、天皇の心を自分の心とすることができる。

したがって民衆は、右翼のように天皇を崇拝しているわけではない。もっと親密で他愛ない「ときめき」がある。生まれたばかりの赤ん坊のような、というか。

 

 

11

近代の天皇家は、大日本帝国が振りかざす「正義」に蹂躙され続けてきた。そのもっとも象徴的な事件が、「大正天皇の幽閉」だったのかもしれない。大正天皇は、よくいわれているような病弱な人だったのでも知能が劣っていたのでもない。政府の管理統制の圧力に抵抗して自由なふるまいをしすぎただけなのだ。そういう意味で、彼こそまさに「大正デモクラシー」の象徴だったともいえる。だから、幽閉されたときはきっと無念だったろうし、権力の操り人形として摂政にさせられた若い昭和天皇だって同じだったに違いない。だから彼は、天皇になってもあまり人に心を開かなかった。そしてその心の闇を平成天皇は知っていたし、父の背負った「(若き日の)無念」と「(戦争の)罪」にどう決着をつけるかという課題とともに平成という時代を歩んできたわけで、あんなにも無邪気な微笑みを振りまきながら、しかしその言動や行動の中味は、あんがい強情でしたたかだった。

まあ明治維新のときだって「孝明天皇は殺されたのかもしれない」という噂が飛び交っているくらいだし、天皇家はつねに権力社会からの圧迫にさらされ続けてきた。

大日本帝国の権力者にとっての天皇は、「ただの政権運営のための道具だ」という意識が頭の中に刷り込まれている。それはもう彼らの本能のようなもので、崇拝しつつ徹底的に支配管理してゆく。そもそも古代の天皇と権力者の関係がそのようなものだったし、起源としての天皇が「処女の巫女」だったのであれば、天皇を支配管理することは、処女を強姦するようなことだ。それはきっと、とも気持ちのいいことにちがいない。そうやって彼らは天皇を崇拝しつつ、強姦しまくっている。

直近の話題では、秋篠宮が「政府に何をいっても<聞く耳持たない>という態度で一蹴されてしまう」といっていたが、それはもう、明治維新のときからずっとそうだったし、この国の権力社会の歴史の無意識(=本能)だともいえる。

 

 

12

さて、新天皇は、これからどのように歩んでゆくのだろうか。「象徴天皇」としての国民との関係を構築するという平成天皇の道半ばだった仕事をどのように仕上げるかは、彼にかかっている。

天皇を軍隊の最高司令官である「大元帥閣下」や「神」に仕立て上げようとしている勢力はまだまだ一定数いるらしいが、それは、天皇の歴史的な本質を冒涜・蹂躙することだ。今となってはもう、その勢力に屈するわけにはいかないし、国民だってきっとそれを支持するだろう。

天皇にとっては、政治から遠ざけられることより、政治に利用されたり支配されたりすることのほうがもっと耐え難いことにちがいない。大正天皇が幽閉されたことだって、政治から遠ざけられたのではなく、政治に支配・拘束されたことにほかならない。言い換えれば、ほんらいこの世の外の存在である天皇が政治に利用されること自体が、権力社会という俗界に幽閉されることにほかならない。俗世界に幽閉しつつ、神の世界に幽閉している。そうやって名前と姿だけは利用しつつ、何もさせないで閉じ込めておく。

民の安寧を祈ることと民を支配し蹂躙することは、もともと相反する行為なのだ。古代以前の天皇は民衆からの自発的な「捧げもの」によって生かされていたが、古代になってからは、権力者が天皇の名のもとに民衆を支配し、「税」を取り立てるようになっていった。明治政府はそのような「大和朝廷の原点」に戻ろうとしたのだし、天皇の起源および本質は、大和朝廷以前にある。

平成天皇による「象徴天皇」への道は、近代天皇家の屈辱の歴史を清算する試みの道でもあった。そうやって被災地への訪問をはじめとしてさまざまなかたちで民衆との対話を繰り返してきたし、毎日のように行われる宮中祭祀も休まず務めて祈り続けてきた。そうして、自分は民衆に守られているということを実感したに違いない。

天皇も、民衆に守られているのだから、がんばればいい。「象徴天皇」の道をひたむきに追い求めていた父親の姿を見て育ったのだから、それを引き継げばいいのだし、引継ぎながら何か新しい展開を見せてほしい。

たとえば、中国・朝鮮に訪問し、現政権が煽っているヘイトスピーチを押し返してほしい、と願うのは期待しすぎだろうか。これこそが平成天皇のやり残したことであり、まあ、好きであろうと嫌いであろうと友好関係を結ぶしかない相手なのだ。

皇太子のときには夫婦ともどもいろいろしんどいこともあったのだろうが、今回の一般参賀においては、なんだか二人とも晴ればれとしていて、まわりの皇族たちの「とりあえず義務を果たしている」という雰囲気とは明らかに違っていた。

 

 

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『試論・ネアンデルタール人はほんとうに滅んだのか』

初音ミクの日本文化論』

それぞれ上巻・下巻と前編・後編の計4冊で、一冊の分量が原稿用紙250枚から300枚くらいです。

このブログで書いたものをかなり大幅に加筆修正した結果、倍くらいの量になってしまいました。

『試論・ネアンデルタール人はほんとうに滅んだのか』は、直立二足歩行の起源から人類拡散そしてネアンデルタール人の登場までの歴史を通して現在的な「人間とは何か」という問題について考えたもので、このモチーフならまだまだ書きたいことはたくさんあるのだけれど、いちおう基礎的なことだけは提出できたかなと思っています。

初音ミクの日本文化論』は、現在の「かわいい」の文化のルーツとしての日本文化の伝統について考えてみました。

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『試論・ネアンデルタール人はほんとうに滅んだのか』上巻……99円

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初音ミクの日本文化論』前編……250円

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です。

天皇のかなしみと微笑み

 

「平成」から「令和」に代わったことだし、この機会に「天皇とは何か」ということを考えようよ。凡庸な右翼や左翼のように、すでに分かっているつもりになるべきではない。天皇自身がだれよりも深く切実にそれを問うているというのに、天皇でもないあなたたちがどうしてそんなにもかんたんにわかっているつもりでいられるのか。天皇が、あなたの望む通りの天皇であらねばならない義務など何もない。

天皇は、今どきの凡庸な右翼や左翼が勝手に決めつけているほどかんたんな存在ではない。

あなたたちは、現在の天皇が「天皇とは何か」と問わずにいられない気持ちがわかるか?

天皇は、「天皇でありたい」と思うことも「天皇でありたくない」と思うことも許されない存在であり、「天皇であらねばならない」存在なのだ。それは彼の運命・宿命であると同時に、彼の自由でもある。運命・宿命であるからこそ、どんな天皇になろうと彼の自由であり、自由であるからこそ彼は、死ぬまで「天皇とは何か」と問い続けねばならない。

これはまあ人が生きてあることも同じであり、運命・宿命であると同時に自由でもあり、死ぬまで問い続けてゆかねばならない命題でもある。

みずから選択してこの世に生まれ出てきた人間などひとりもいない。そういうこの生のかたちの象徴として天皇が祀り上げられてきた。日本人が天皇を祀り上げることは日本人であることの運命・宿命であると同時に、自由でもある。

というわけで、だれも天皇がどんな天皇であるべきかということなど望むべきではないし、そんなことは天皇の勝手なのだ。

 

 

戦後の天皇こそそのほんらいの姿であり、戦前に戻してはならない。

天皇のありがたさや美しさというようなものがあるのではない。ありがたく美しい天皇が存在するだけなのだ。つまり天皇は、存在することそれ自体がありがたく美しいのであり、ありがたく美しい存在であろうと努力するべき義務など負っていないし、努力してはならない存在だともいえる。平成天皇だって、そんな努力をしたのではない。ひたすら天皇であるとはどういうことかと問い続けただけなのだ。

あの敗戦によって、大日本帝国憲法が定めた天皇像が否定された。

そのとき右翼たちは大いに混乱し、左翼のほうは天皇不要論まで持ち出した。しかし民衆は、人間宣言をしたその「新しい天皇像」に、何の違和感も持たなかった。もともと抱いていた歴史の無意識としての天皇像があったし、そこに還ってゆけばいいだけだった。ほとんどの民衆は、戸惑うことも混乱することもなかった。なぜなら天皇はいてくれるだけでいいのであり、それだけでこの世でもっともありがたく美しい対象なのだ。むしろ、その「新しい天皇像」こそほんとの天皇だと思った。おそらくそれは、古代以前の奈良盆地における起源としての天皇像だった。

だから、一部の左翼インテリが天皇の「戦争責任」を問題にして騒いでも、ほとんどの民衆は無関心だった。

戦後まもなく始まった天皇の全国行脚は、旗や提灯で熱狂的に迎え入れられた。

そのとき昭和天皇は、どんな気持ちだったのだろう。彼に新しい天皇像のイメージはあっただろうか。おそらくあいまいだった。なぜなら、もともと大日本帝国天皇として生まれ育って大人になった人だったのだから、苦悩や戸惑いと向き合い続けただけだったのかもしれない。彼はとくに「新しい天皇像」を模索する行動も言動も取らなかった。できれば敗戦を契機に譲位したかったのだろうが、皇太子はまだ幼く、皇室典範のことも含めてそれができる環境ではなかった。彼にとっての戦後は、人前に恥をさらしながら生きるようなことだったし、恥を自覚することも許されなかった。新しい天皇とは何か、と問うことも許されなかったのかもしれない。それは、みずからの「戦争責任」をみずからに問うことも許されなかった、ということでもあった。そのとき世の中に「天皇の戦争責任論」や「天皇不要論」が湧き起っていることに気づかないはずもなく、それでも天皇であり続けねばならなかった。彼にとって天皇であり続けることは、「天皇とは何か」という問いを封印することでもあった。

けっきょくその「問い」は、平成天皇に託された。

 

 

この世界のすべてのことは「問う」べき対象であり、「すでに分かっている」という前提で語れるものなど何ひとつない。世界は存在することそれ自体が不思議=神秘なのだ。人の心のはたらきの基礎=本質は、その不思議=神秘に驚きときめいてゆくことにある。

昭和天皇にとっての戦後は、余生に過ぎなかった。おそらく彼にとっての中心的な関心は、天皇であることではなく、魚の学問研究にあった。すなわち、世界の存在に不思議=神秘に驚きときめくこと、それによってはじめて「人間」になれたのかもしれない。彼は、日本列島の伝統的なものにあまり興味がなかった。池には外来種であるブルーギルを飼い、庭には同じくヒマラヤのメタセコイアの木を植えた。そして、大好物の食べものはジャムサンドだったという。そうやって伝統そのものとしての天皇であることから逃れようとしていたのだろうか。そのとき彼にとって天皇であることは、ひとつの「贖罪」だったのかもしれない。少なくともそれを使命・宿命と思いこそすれ、よろこんでしていたはずがない。

左翼の陰謀論者たちはよく、天皇家既得権益などということをいうが、天皇であることは既得権益でもなんでもないし、そんな俗っぽい意識をもったら天皇などやってられない。天皇には「日本国民」という戸籍上のアイデンティティはないのであり、それは、「私有財産」という意識を持つことが許されていないことを意味する。天皇家にどれほどの財産があろうと、それはおそらく宮内庁が管理しているものであって、天皇自身は自分の財産だとも思っていない。天上人が、地上の財産など意識するはずがないではないか。そしてそれは、天皇自身が国民の財産であって天皇自身のものではない、ということを意味している。

天皇はこの国の「生贄」であり、おそらく天皇はそのことを自覚している。日本列島においては、そういう存在こそもっとも尊いのだ。

戦前の昭和天皇は自分を捨てて「大元帥閣下」を演じていたし、戦後は、自分を捨てて「戦争責任」を負うことも許されない身として生きた。たぶん、それが「神の末裔」としての役割だと自覚していた。生まれたときからそのように教育されて育ったのであれば、そういう意識はもう変更できなかったに違いない。彼は、「地上の人」ではなかった。死ぬまで「神の末裔」として生きるしかなかった。

 

 

「神の末裔」の心の世界なんか、われわれにはわからない。「戦争責任」を自覚してはいけない身として生きた人に、われわれがどうしてそれを問うことができようか。天皇の心は、「黄泉の国」のように「闇」であり「空虚」であり「ブラックボックス」なのだ。戦後の彼のあの「無表情」に、いったいどんな内面が隠されていたのだろう。内面などなかったし、内面はきっとあったのだ。そしてそんな内面を引き継いだ平成天皇は、父の「贖罪」を果たすべき役割をみずからに課して生きた。彼は、父とは逆に、いつもにこやかに微笑んでいた。この世のすべてのものを許しているようなその微笑みが、彼が果たすべき「贖罪」の道だったのだろう。

またその微笑みは現在の令和天皇にも引き継がれているし、あの即位式典のときの雅子妃にも伝染していたらしい。彼女は、ついこのあいだまで何度も心の失調を引き起こしていた人とは思えないような、晴れやかな顔をしていた。この国の伝統において皇太子とその妻はけっして幸せな立場とはいえず、結婚前の時代に戻りたいという気持ちになることも少なからずあったかもしれないが、ここまでくればもう、そんな未練や後悔もさっぱりと脱ぎ捨てることができる。あとは、死ぬときが待っているだけだ。女にとって死は、けっして不幸な事態ではない。一部のマスコミには、「これで彼女も元外交官のキャリアを生かして活躍してくれるだろう」というような評価があるらしいのだが、そんな意気込みを持つのは若いときの話で、今はもうそれほどの気負いもなく、ただ母として妻として人生の最後の時間に身を任せようとしているだけではないかとも思える。意外に皇后としての風格を感じさせるたたずまいで、良くも悪くも天皇のほうが若々しかった。

ともあれ、どんな「新しい天皇」になるのだろうか。彼は、戦後の「象徴天皇像」の最後の仕上げをしてくれるのだろうか。

昭和天皇の戦争責任」についての議論は、僕としては不毛だと思えるのだが、政治的な問題としてはいぜんとして残っているのだろうし、これにひとまずの決着をつけないことにはお騒がせなオールド左翼は退場しないのだろうし、韓国や中国との関係のしこりも取れない。現政権は取りたくないとがんばっているし、それを支持するヘイトな民意も一定数あるのかもしれないが、解決しなくてもいいはずもなく、せめて解決に向けた道筋をつける必要はあるに違いない。

人間であれば、だれもがときめき合って生きる世の中になればいい、と思う気持ちはあるではないか。

ヘイトをぶつけ合って分断された世界を生きるなんて、日本列島の伝統ではない。平成天皇や新天皇の「微笑み」は、そうした状況に対するアンチテーゼになっているのではないだろうか。現政権が新天皇をさんざん政治利用したあげくに新天皇から引導を渡される、ということになったらおもしろいのにと思うのだけれど、残念ながら世の中はそんなに甘くないのだろう。

 

 

しかし、この国において天皇の言葉が民衆に対していかに大きな影響力を持つかということは、3年前に平成天皇が退位の意向を表明したときに証明されている。

民衆は、心に響いてくる言葉をいつも待っている。

やまとことばの本質的な機能は、意味を伝えて他者を説得・支配してゆくことにあるのではなく、心と心が響き合うことにある。

そのとき天皇と民衆の心が響き合ったのだ。

民衆は、感動する体験をいつも待っており、感動する対象を祀り上げる。原初の集団においてはそのようにしてリーダーが決まってゆくのであって、サル山のボスのような「統治者=権力者」を祀り上げるのではない。

民衆にとっての天皇は、祀り上げてゆく対象であって、「統治者=権力者」ではない。そのことにおいて、より本質的であり、より日本的なのだ。

人類の社会は、統治者よりも上位に美しく魅力的なリーダーを祀り上げてゆくことによって、より活性化してゆく。そうやってヨーロッパではジャンヌ・ダルク自由の女神や聖母マドンナや聖母マリアが祀り上げられていったし、日本列島ではつねに天皇がいた。

だれだって、心の中にそういう「かみ」を持っている。それは、宗教の「神」や「仏」のようなこの世界を支配・統治している対象ではない。さらにその上の超越的な美の象徴のような対象のことを、ここではひとまず「かみ」といっている。それはまあ、平たくいえば「心のよりどころ」というようなこと。

世界中の人々が心の底で祀り上げている普遍的な「心のよりどころ」は、この世界を支配統治する宗教の「神」や政治の「権力者」ではなく、それらよりももっと超越的な、美の象徴としての「かみ」すなわち「魂の純潔」にある。

古代および古代以前の日本列島の住民は、「神・仏」に支配されているこの世界の向こうの、さらに超越的な「非存在」の世界を見ていた。それはまあ、原始人があの山やあの水平線の向こうには「何もない」と思っていたのと同じ心の動きであり、その「何もない」ということに引き寄せられて地球の隅々まで拡散していった。人は、心の底で「何もない」ということに引き寄せられている。その「何もない」ということの象徴として、古代および古代以前の日本列島の住民は「天皇」を祀り上げていった。それは、人としてもっとも原始的であると同時に、もっとも普遍究極的な心の動きでもある。

 

 

この国の天皇が漂わせているある種の「超越的」な気配というのは外国人にもわかるといわれている。それをまあ一般的には、1500年以上続いてきた王室だから、と解説されることが多いのだが、そんなことではない。1500年と500年の違いをどのように見分けるというのか。人間は、1500年という時間の長さを物理的な実体としてとらえることのできる心のはたらきを持っていない。

人が抱くことのできる「直観」は、そういうことではない。外国人だろうと日本人だろうと、人が天皇の姿や表情に見ているのは、その「無私」の気配であり、その「何もない」ということに引き寄せられるのだ。

だれだってこの俗世界で生きていれば、さまざまな思い(とくに自意識)で心の中をいっぱいにしてしまっている。

だから、天皇のそんな「無私」の気配に、高貴で超越的なものを感じてしまう。

1500年以上続いたとか万世一系とか男子一系とか、そんなことはどうでもいい。僕は、そんな通俗的権威主義的な思考をする趣味はない。そんなことは俗物の考えることだ。「無私」すなわち「魂の純潔」すなわち「何もない」ということ、そこに人の心は引き寄せられ、その「何もない」ということに対する「遠いあこがれ」を心のよりどころにして生きている。

平成天皇が模索し続けた「象徴天皇とは何か」という命題は、おそらく「魂の純潔とは何か」という人類普遍の問いでもあったに違いない。彼はそれを、日本人あるいは人類の「生贄」として、だれよりも率直かつひたむきに問い続けた。そしてそれは新天皇に引き継がれたし、人類はそれを永遠に問い続けてゆく。

 

 

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キンドル」から電子書籍を出版しました。

『試論・ネアンデルタール人はほんとうに滅んだのか』

初音ミクの日本文化論』

それぞれ上巻・下巻と前編・後編の計4冊で、一冊の分量が原稿用紙250枚から300枚くらいです。

このブログで書いたものをかなり大幅に加筆修正した結果、倍くらいの量になってしまいました。

『試論・ネアンデルタール人はほんとうに滅んだのか』は、直立二足歩行の起源から人類拡散そしてネアンデルタール人の登場までの歴史を通して現在的な「人間とは何か」という問題について考えたもので、このモチーフならまだまだ書きたいことはたくさんあるのだけれど、いちおう基礎的なことだけは提出できたかなと思っています。

初音ミクの日本文化論』は、現在の「かわいい」の文化のルーツとしての日本文化の伝統について考えてみました。

値段は、

『試論・ネアンデルタール人はほんとうに滅んだのか』上巻……99円

『試論・ネアンデルタール人はほんとうに滅んだのか』下巻……250円

初音ミクの日本文化論』前編……250円

初音ミクの日本文化論』後編……250円

です。