天皇の心の闇

 

大阪の選挙で維新の会が大勝利して、いったいこの国はどうなっているのだろうと思うのだけれど、まあ投票率が40パーセントを少し越えるくらいで、右翼的勢力しか投票に行かないのであれば、こうなるのも仕方がない。

右でも左でもない無党派層の「お祭り」が起きて投票に行くようにならなければ、この国の状況は変わらない。

この国の伝統としての「お祭り」の大切さが、ようやく気付かれ始めている。もちろんまだまだし、あんがい右翼のほうが先に気づいていて、政策なんか関係ない、お祭り騒ぎに持ち込めばこっちのものだ、と思っている。飲んで騒いで歌って踊って……とまでいかなくても、選挙のときの祭りの高揚感はたぶん、創価学会のおばちゃんたちがいちばんよく知っているのだろう。

祭りのエネルギーが持つ「過剰さ」と「超越性」、それが人の行動をうながす。

世界が右傾化してきたといわれて久しいが、そろそろそれもマンネリになってきて、カウンター勢力が芽生えてきている。それは、「左翼」というのでもない。「リベラル」というのか、ようするに今どきの右翼的な思考の醜悪さに耐えられないということであり、その「醜悪さに耐えられない」という思考こそ日本列島の伝統なのだ。

天皇はこの国の「家長」であるとか「大元帥閣下」であるとか、何をくだらないことをいっているのだろう。天皇なんてただの「色好み」であり、そこにこそ天皇の尊厳も超越性もあるのだ。

ともあれまだまだ右翼がのさばっている世の中で、彼らはわが世の春を謳歌しているのだろうが、それでも彼らの強迫観念は根深く、執拗に左翼勢力やマイノリティを攻撃弾圧しようとしている。そろそろ潮目が変わり始めていることに無意識で感じているからかもしれないし、何よりそれは人間性の自然に矛盾した思想なのだから、いずれは衰退してゆくに決まっている。

明治以降の日本人に染みついた思考の習性というのはあるのだろうが、そんなものはたったの150年で、人類700万年の歴史から見ればあっという間の時間に過ぎないし、日本列島の歴史1万年、大和朝廷発生以来の2千年の歴史から見ても、日本人の普遍的な思考であるとはいえない。

 

 

人間性の自然は、その「消失願望」という本能とともに、マイノリティに対して親密な感慨を寄せてゆくことにある。そしてこの国においては、人間社会の外の世界に存在する天皇こそもっとも本格的なマイノリティであり、それを祀り上げ献身してゆくこと、すなわちその「消失願望」とともに生きてあることの「嘆き=かなしみ」を抱きすくめてゆくことが伝統的な精神風土になっている。

したがって今どきの右翼こそ、もっとも伝統に反する思考の者たちなのだ。

生きられない存在である生まれたばかりの赤ん坊をかわいがり懸命に生かそうとしてゆくのはあたりまえの人間性であり、そんなことくらい犬でも猿でも鳥でもしている。今どきの右翼はあまりに観念的で、そういう自然がなさすぎるのであり、それは日本人らしくないということでもある。彼らは「日本人に生まれてよかった」とよくいうが、彼らのどこが日本人らしいというのか。滅びるまいとする強迫観念で悪あがきして大騒ぎするのは、「散華の精神」が伝統の日本人としてはあまりに醜い。自分が生き延びることも日本人であることも忘れてマイノリティや移民にやさしく親密になってゆくのが、伝統的な日本人の心映えなのだ。

今どきの右翼は、どうしてこうも非日本人的なのだろう。彼らにとって日本人であることもこの国に天皇が存在することも、自分の正当性を確認するためのよりどころになっているのだが、それはまあ明治以降の近代的自我にすぎないのであり、そういうよりどころを欲しがること自体が日本人的ではない。「日本人に生まれてよかった」だなんて、江戸時代以前の民衆にそんな自意識はなかった。日本人であるという自覚も、自分の正当性を確認したいという欲望もなかった。日本人であること以前の、生きてあるというそのことを嘆いている「たおやめぶり=処女性」こそ日本列島の伝統的な精神風土であり、その上に日本文化が花開き、集団が活性化していった。

今どきの右翼こそ、日本人の伝統を壊している。あるいは、明治以降の大日本帝国が壊した、ということだろうか。いずれにせよ、彼らの過剰な自意識は、天皇の存在の仕方すなわち日本列島の伝統とまったく矛盾している。天皇とはそういう自意識の向こうの世界に存在する人であり、それに対して彼らは自意識のよりどころとして天皇を崇拝し、「日本人に生まれてよかった」と合唱している。

 

 

国家主義や宗教主義とは、自意識に執着してしまう文明の病である。文明社会に生きるわれわれは、だれもが自意識を抱えてしまっているし、自意識の強いものが支配者になるような構造になっている。そして自意識の薄い原始的な関係性・集団性を成熟洗練させてきた日本列島では、四方を荒海に囲まれた島国であったたこともあり、文明制度(=大和朝廷)の成立がいちじるしく遅れたし、そのときすでに成熟洗練していた原始的な関係性・集団性によって文明制度に対する対抗的な文化を生み出していった。すなわちそれが、「神道」であり「天皇制」だった。

天皇制とはいわば「直接民主主義」であり、起源としての天皇は「支配者」として奈良盆地に登場してきたのではなく、奈良盆地の民衆自身がみずからの集団性のよりどころとして祀り上げていったカリスマだったのであり、その関係のあいだに支配者=権力者が寄生していったにすぎない。

奈良盆地には、戦争の遺跡がない。だから大和朝廷は、最初からずっと城砦を築かなかった。天皇の御所はまるで無防備で、幾重にも防備を固めている戦国大名の城とはずいぶん趣が違う。それは、天皇が支配者=征服者として登場してきたのではない、ということを意味している。

もちろん御所を警護する者たちは置かれていたが、天皇自身の存在は無防備であることが基本であり、襲撃されないという前提につくられていたし、襲撃する者もいなかった。列島中のそういう合意のもとに、天皇制が1500年以上続いてきた。天皇はべつに権力者ではないのだから、天皇を殺しても権力を奪うことはできない。だから、天皇が殺されるはずがなかった。天皇は、外部に対しても内部に対しても無防備だった。大化の改新壬申の乱のように天皇が権力に利用されることはあっても、天皇を殺せば権力を奪取できるという状況などなかった。

まあ明治維新のときに孝明天皇が殺されたという説もあるが、それによって天皇制が廃止されたわけではない。権力者はいざとなれば天皇を殺すことなんか平気だし、殺す必要がないから殺さないだけだった。この1500年のあいだに殺された天皇は他にもいたかもしれないが、だれも天皇制を廃止しようとは思わなかった。それは、天皇が権力の外にいる人だったからだ。

天皇は政治から利用されることはあっても、本質的には政治から「隠れている=消えている」存在なのだ。だから、天皇のいるところを「内裏(だいり)」といった。「消失願望」の文化、その象徴として天皇の純粋無垢な「姿」が祀り上げられてきた。そこは、この世の「けがれ」から隔絶した場所であった。

天皇は、無防備な「無私の精神」をそなえた存在である。つまり、戦後の憲法第九条は天皇の心映えの反映であり、だからこんなにも長く守られてきたのかもしれない。

 

 

権力者は、天皇を利用するだけ利用しても、政治に参加させるつもりはない。参加しようとすれば、たちまち殺されるか放逐される。

昭和の戦争前の政治家や軍人たちだって、天皇を「大元帥閣下」などと祀り上げながら、天皇の承認なしにやりたい放題のことをしていた。いちおう国の方針はすべて天皇の承認を得て決定されるという建前になっていたが、いざとなったらそんな手続きも省いてどんどん中国に侵略してゆき、けっきょく天皇も対米戦争突入を承認するほかなくなっていった。

そして現在の政権もまた、大嘗祭の大掛かりなセレモニーを皇室の承認なしに決めてしまい、天皇に代わって秋篠宮からそれを抗議されている。こんなことはもう不敬罪そのものの振舞いだが、権力社会はそれを、古代からずっと当たり前のようにしてやってきたのだ。彼らにとって天皇は利用するものであって、天皇のように思考したり振舞おうというようなつもりはさらさらない。

平成天皇生前退位の意向にしても、総理大臣をはじめとする多くの右翼は潰そうとしていたのであり、それに賛同する大多数の国民の声を抑えきれなくなって仕方なく認めただけであるし、認めたとたんにそれをあざとく政治利用しにかかってきた。

左翼の者たちは「天皇の戦争責任」などというが、そんなことを問うていたら、じっさいの当事者である権力者たちの愚かで悪質な振る舞いが免罪されてしまうではないか。「天皇の戦争責任」なんて、お門違いもいいとこなのだ。

古代の「白村江の戦い」への出兵も、天智天皇は嫌がっていたという話がある。日清・日露戦争だって、明治天皇は承認させられただけではないか。

この国の権力者がいかにあざとく天皇を利用してきたか、それはもう、起源のときからはじまっていたのだ。「神武東征」なんて、権力者による政治利用のためのつくり話なのだ。ただの作り話であることはだれもが知っているのだが、右翼たちはひとまずそういうことにしておくのが正義か美徳であるかのように主張してくるし、その話の裏にいくぶんかの史実が隠されてあるかのように考える歴史家もいるのだが、隠されてあるのは、天皇を利用しようとする権力者の企みだけだ。

 

 

元号が発表されて世の中は奉祝ムードらしいが、現政権にとってはやっかい続きの政権運営の厄払いをする絶好の機会になっているのだろう。ネトウヨたちが能天気にめでたいめでたいと合唱している。

彼らには、生きてあることの「嘆き=かなしみ」がない。それはつまり、セックスアピールがない、ということであり、「色ごと」が文化の伝統であるこの国においてはいずれ淘汰される。彼らはすでに文化の伝統を失っている。「やまとごころ」を失っている。

セックスアピールにときめいてゆくのが「やまとごころ」なのだ。

現在のこの国の総理大臣にセックスアピールはあるか……?ないから、世の主婦たちに嫌われている。利害損得にまみれ自分を見せびらかすことばかり躍起になっている気配にセックスアピールがあるはずがない。自分のこともこの生のことも超越した「もう死んでもいい」という気配にこそセックスアピールがある。「けだるさ」であれ「ひたむきさ」であれ、つまりは「もう死んでもいい」という「消失願望」が漂わせてい気配なのだ。そういう気配が、はた迷惑で騒々しいだけのネトウヨたちにはない。

ひとまずこの国の人々は、天皇には純粋無垢な精神の輝きがある、と見ている。その気配にこそ天皇の尊厳とセックスアピールがある。

「色ごとの文化」を見くびってもらっては困る。それは、往々にしてもっとも低俗な「エロ文化」として扱われてしまいがちだが、同時に、そこにこそもっとも深く本質的な思想というか人間理解が隠されてもある。

 

 

日本列島の歴史において、古代と明治維新から敗戦までは、もっともあからさまな天皇の政治利用がなされている時代だった。そして敗戦直後は、古代の大和朝廷成立以前の天皇の姿に回帰してゆく時代になった。すなわち、「神」とか「大元帥閣下」とか「国の家長」とか、そうした権力者が押し付けてくる天皇像ではなく、民衆が、民衆自身の心が祀り上げているほんらいの天皇像を権力者の手から取り戻していったのだ。

そうして今また、右翼思想の権力者によって奪い返されようとしている。いや、今どき右翼のようなオカルトじみた天皇像を抱いている者などほんの一握りなのだが、世の中の空気は声高な者たちに流されやすいし、現在の政権が率先してそれを煽っている。

天皇教というオカルト。これが、宗教心が薄いといわれる日本人全体の歴史の無意識であるはずがない。日本人の天皇に対する親密な感慨は、宗教ではない。国家神道の「天皇=神」という思考は宗教そのものだが、古代および古代以前の民衆の天皇に対する親密な感慨に「国家」という意識はなかった。江戸時代までの民衆に「国家」という意識はなかったのであり、神道はべつに「国家神道」として生まれてきたのではない。天皇はもともと国家の成立以前に民衆自身が祀り上げて生まれてきた存在であり、国家の統治者として民衆の前に登場してきたのではない。そのとき民衆が祀り上げたのは、あくまで美しく魅力的な存在だった。

今でも民衆にとっての天皇は、「この世のもっとも美しい存在」であって、だれもこの世界の統治者だとは思っていない。それが、日本列島の歴史の無意識であり伝統風土なのだ。

一部の、統治(支配)したがり統治(支配)されたがる右翼だけが、勝手にそう決めつけているだけだ。彼らは、神に支配してもらっていないと、不安で生きられないらしい。まさしく彼らは「宗教者」であり、国家神道という名のカルト宗教を信じている。

 

 

昭和天皇はたぶん、生まれたときから大日本帝国の「大元帥」」としての「帝王学」を叩き込まれて育ったのだろうから、自分が権力者の政策を「承認」することの重さを知り、その職務に誠実であろうとしてきたのだろう。彼に戦争遂行の意思があったかどうかはともかく、彼の「承認」という手続きを経て事態は進行していった。仰々しく白い馬に乗って閲兵するということもしていたのだし、だから彼としては、大いに「戦争責任」を自覚していたことだろう。しかし、いったい誰にそれを問える資格があるだろうか。

また天皇にしても、それを自覚して自裁するような自意識は持てない身であり、自覚はしても、裁かれれば素直にそれに従う、という以外に取るべき道はなかった。また、退位をして隠遁するという選択肢も浮かんだかもしれないが、天皇である以上、そうしたわがままも許されなかった。

もちろんそのときの天皇の気持ちなどだれにもわからないのだが、「自裁をしなかった」というのは、天皇らしい態度だったともいえる。「無私の人」であるべき天皇に、そんな自意識はあってはならない。戦後の「象徴」としての人生が彼にとって幸せだったかどうかなどわからないし、もしも小さくはない「苦悩」があったとしたら、それを知っているのは彼の息子の皇太子だけだったのだろう。天皇は、「苦悩」を持つことも許されていない。その後を継いだ平成天皇のわが身を捨てた献身ぶりは、もしかしたらそれが彼にとっての「父」と「昭和」に対する鎮魂だったのかもしれない。最初はなんだか頼りなかったが、みごとに「天皇」になってみせた。伝統というのはすごいものだと、あらためて思わせられる。

天皇天皇であることのゆえんは、「統治者」ではないことにある。そんなことは、戦前だろうと戦後だろうとみんな知っていることであり、だからこそ権力者が偽装する「天皇の命令」がいっそうの効果を発揮したという逆説がある。知っていたからこそ、どんな理不尽な命令にも誰もが天皇を恨むことなく従った。戦後においても、「天皇の戦争責任」を問うたのは一部の左翼知識人だけで、民衆全体の心にはならなかった。

日本列島の歴史を通じて天皇が「統治者」であった時代など一度もないし、この国においてもっとも権威をもった存在は、「統治者」ではなく「もっとも美しい存在」であり、それが「色ごと」の文化の伝統なのだ。

現在のこの国の「統治者」は、美しいか?愚かで醜悪なだけではないか。一部のネトウヨを親衛隊にして引き連れながら声高な騒々しさで民衆を支配し引きずり回そうとしているだけではないか?

 

 

「令和」の「令」には「端正な美しさ」という意味がある。それはまあそうなのだが、この国の総理大臣やネトウヨたちにそんな美しさがあるだろうか。あるわけがない。グロテスクなだけでではないか。そりゃあ、強権的に民衆の思考や行動を同じにしてしまえば、支配もスムーズにいくだろうし、それが彼らの目指す「美しい国」であるらしい。嫌われ者の生きる道は他者を支配してしまうこと以外にないのであり、声高で支配欲の強いものが社会の表層に浮かび上がってくるのは仕方がないのかもしれないが、だから古代以前の民衆は、支配統治をしない存在としての天皇をみずから祀り上げていった。それが、古代以前の原始的な集団運営の作法だった。すなわちそれが、「直接民主主義」という理想かつ究極の集団運営の作法でもある。

直接民主主義は、混沌とした無主・無縁の「祭りの賑わい」にある。その賑わいから天皇の前身である「処女の巫女」が生まれてきた。

もちろん、現在の国家のような大きな集団が直接民主主義だけで運営できるはずがない。しかしそれが理想・究極であるという思いが人の心の中から消えることはない。

人類集団の起源と究極のかたちは混沌とした無主・無縁の「祭りの賑わい」にあり、それがこの国の「色ごとの文化」の伝統になっているのだし、その文化の上に天皇が生まれてきた。

だから原始神道では、死んだら何もない真っ暗闇の「黄泉の国」に行く、といった。その「混沌」こそ「色ごと」の醍醐味であり、この国の「美」の伝統にほかならない。「無常」も「あはれ・はかなし」も「わび・さび」も、「混沌」の果ての世界のさまにほかならない。セックスのエクスタシーの果てには、だれしも死んでしまったような心地になるではないか。そこで見る世界が、「無常」であり「あはれ・はかなし」であり「わび・さび」なのだ。

天皇が「大元帥=統治者」であるとか「国の家長」であるとか、何をくだらないことをいっているのだろう。統治者とか家長などというものはただの嫌われ者だし、嫌われ者の生きる道は支配・統治しかないのだ。それを「令和」という。

新しい元号になるということは、昭和や平成とは何だったのか、と顧みる機会でもある。しかし現在のこの国の総理大臣やネトウヨたちには、昭和天皇や平成天皇の「心の闇=混沌」について思いを巡らす想像力などないに違いない。

天皇の美しい「無私の精神」は、「心の闇=混沌」でもある。だからあの人は、メッセージを読み上げるときに、あんなにもかんたんに涙声になってしまう。それは、ただ歳をとって耄碌しているというだけのことではない。天皇であることや天皇という任務をまっとうすることのくるおしさというものを、彼らは何もわかっていない。だからあんなにも平気で政治利用できるのだろうし、天皇を崇拝することは天皇の心に思いをいたそうとしないということであり、その態度のグロテスクというものがある。崇拝しているから私の心は清らかだといいたいのか?崇拝するということは、天皇をただの床の間の飾り物のようにしか思っていないということだ。だから「神」や「大元帥」にしてしまうことができるし、平気で利用してゆくこともできる。

 

 

天皇が人間であることなど、だれでも知っている。そんなことは戦前の人々だって知っていたし、天皇のまわりにいる権力者たちはなお知っていたはずだ。それでも、人間の最上位すなわち神でもある人間であるかのようにしておき、そういう存在として扱えばどんなに政治利用しようと、なんの後ろめたさもない。まあ、天皇が「無私の人」であることに乗じて政治利用し、同時に神として崇める。

「無私の人」であるとは、「私」がない、ということではない。「私」を限りなく消してゆく人である、ということだ。「無私の人」であることは、とてもなやましくくるおしいことなのだ。しかしそれとは対極の存在である権力者たちにわかるはずもなく、最上位の存在として自我が満足されているのだからそれでいいだろう、と思う。彼らが天皇を崇拝することは、天皇を政治利用するための免罪符になっている。天皇は神なのだから、天皇の心なんかどうでもいい、と彼らは思っている。

天皇を崇拝することの、なんとグロテスクなことか。

古代以前の奈良盆地の祭りから生まれてきた起源としての天皇は、この世界の「生贄」として民衆がみずから勝手に祀り上げていった存在だったのであり、だからこそみんなで「捧げもの」をし、保護していった。それはまあ、生きられない存在である赤ん坊をお母さんがみずからの命と引き換えにするように育ててゆくことと同じ行為だった。

つまり人の世はだれもがこの世界の「生贄」になることによって成り立っているのであり、天皇は、だれもがそういう存在として生きることのよりどころとして祀り上げられていった、ということだ。

権力者は天皇を神として崇拝し、民衆は、天皇の心に寄り添うようにしながら親愛の情を抱いている。

天皇を見上げて崇拝するということは、第三者(マイノリティ)や弱いものを見下し憎むということでもある。それが明治以降の大日本帝国国家神道プロパガンダであり、そういう思考からヘイトスピーチが生まれてくる。

しかし日本列島の民衆の伝統においては、第三者(マイノリティ)や弱いものに手を差し伸べる、ということのよりどころとして天皇を祀り上げてきたのであり、極端にいえば天皇とは「生きられないこの世のもっとも弱いもの」の形代なのだし、じっさいこの国にはそういう存在を「かみ」として大切に守り育ててゆくという文化の伝統がある。まあ、「あはれ・はかなし」とか「わび・さび」といっても、そういう「消えてゆく」方向に向かって関心を寄せてゆく美意識のことだ。だから天皇は、足しげく被災地を訪れる。そしてその関心は、生きてあることの「嘆き=かなしみ」から生まれてくる。そしてその「嘆き=かなしみ」を共有しながら他愛なくときめき合ってゆくのがこの国の民衆の集団性の作法であり、それはもう、天皇とも共有している。

共有していないのは、右翼の権力者たちばかりだ。

天皇とは、もっとも深く純粋に嘆きかなしむ人である。べつに右翼から崇拝されていい気になっているのでも、右翼のように人を見下しているのでもない。

天皇の心の闇を、民衆は知っている。だから、ひどい戦争だったと嘆きつつ、しかし天皇は責めない。誰の中にも心の闇はあるのだし。

 

 

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『試論・ネアンデルタール人はほんとうに滅んだのか』

初音ミクの日本文化論』

それぞれ上巻・下巻と前編・後編の計4冊で、一冊の分量が原稿用紙250枚から300枚くらいです。

このブログで書いたものをかなり大幅に加筆修正した結果、倍くらいの量になってしまいました。

『試論・ネアンデルタール人はほんとうに滅んだのか』は、直立二足歩行の起源から人類拡散そしてネアンデルタール人の登場までの歴史を通して現在的な「人間とは何か」という問題について考えたもので、このモチーフならまだまだ書きたいことはたくさんあるのだけれど、いちおう基礎的なことだけは提出できたかなと思っています。

初音ミクの日本文化論』は、現在の「かわいい」の文化のルーツとしての日本文化の伝統について考えてみました。

値段は、

『試論・ネアンデルタール人はほんとうに滅んだのか』上巻……99円

『試論・ネアンデルタール人はほんとうに滅んだのか』下巻……250円

初音ミクの日本文化論』前編……250円

初音ミクの日本文化論』後編……250円

です。